クララ・シューマンとブラームスの恋
クララとブラームスが出会ったのは、クララが34歳、ブラームスが20歳のときだった。引っ込み思案のブラームスだが、1853年のある日、尊敬するシューマンの家を訪問した。シューマンはこの青年の才能を高く賞賛した。しかし出会って翌年、シューマンは精神に異常をきたす。2年後に亡くなるまで、ブラームスは献身的にクララとその家族の生活を助けた。シューマンとの間に子供は8人いた(1人は1歳で間もなく死亡)。
ブラームスは長い髪を肩までたらしたナイーブな青年。恩人の妻に対する尊敬の念がしだいに愛情へと変わっていった。2人の関係が生涯プラトニック・ラブであったのか、不倫であったのか、音楽史の最大の謎とまでいわれている。クララが亡くなって1年足らずして、1897年、ブラームスも後を追うようにして亡くなった。(Clara Schumann,Johannes Brahms)
« ワーテルローの敗因は情報伝達ミスだった… | トップページ | 桜桃忌 »
「音楽」カテゴリの記事
- 第1回日本レコード大賞(2025.12.27)
- 喜歌劇「蝙蝠」序曲(2025.12.18)
- 野垂れ死ぬかもしれないね(2025.12.12)
- 名曲アルバム「ダニー・ボーイ」(2025.11.07)
- 「愛の妙薬」から「人知れぬ涙」(2025.11.02)


コメント