サディ・カルノー暗殺事件
1894年6月24日、仏大統領マリー・フランソワ・サディ・カルノーはリヨンで演説後にイタリア人アナーキスト、サンテ・ジェロニモ・カゼリオに刺され、翌6月25日に死亡した。56歳だった。
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ケペル先生。サディ・カルノー暗殺の意図は分かりませんでしたが時代状況を補足します「この様なテロに国際社会全体が脅威する状況の時代だった。1890年代は、最新の発明であるダイナマイトを用いて、国王や大統領、閣僚を次々と襲う状況だった。政府の建物も標的となった。上層階級は下層階級の反乱に対する懸念を強めて行った。労働者はみな潜在的犯罪者、アナーキストはとにかく叩きのめすべき「狂犬」として語られた。「人類に対する犯罪」、米国大統領マッキンリーの後継者セオドア・ルーズヴェルト(任期:1901年~1909年)はテロリズムをそう呼んだ。」(出典忘れました)
投稿: 時代状況 | 2024年6月24日 (月) 06時33分