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2025年4月25日 (金)

ギロチンの日

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  1792年のこの日、のちにフランス国歌になる「ラ・マルセイエーズ」が作曲された。同じ日、フランス国民会議で、断頭装置ギロチンが正式処刑道具として採用することが採択された。2本の柱の間に吊るして刃を落とし、柱の間にうつ伏せ状態にさせた受刑者の首を切断する執行装置である。その呼び名は解剖学者ギロチンに由来するといわれる。しかし、これは事実ではない。断頭装置は少なくとも13世紀からヨーロッパにすでに存在していた。イタリアでは「マナイア」、イギリスでは「メイドン(処女)」、ドイツでは「ディーレ」「ホッペル」「ドラブラ」などと呼ばれた。時は流れて18世紀フランス。ジョセフ・ギロチンはギロチンは機械的な装置を使用することによって受刑者に無駄な苦痛を与えず、人道的な処刑を行うように、議会に提案した人である。処刑具の開発には関わっていない。ギヨタンから名前をとったギヨチーヌGuillotine(ドイツ語読みでギロチン)が広まった。一般にはギヨチンがギロチンを発明したかのような印象がある。正確はジョゼフ・ギヨタンという医師とギロチンとは別で、ギロチンとは「ギヨタンの息子」を意味する。彼の親類は、この機械に名前を使用することをやめてくれるように政府に依頼したが、この言葉が広く認知されてしまったので、やむなく姓を変更したという。フランス革命まで、首をはねる死刑は貴族に限られていたが、ギロチンの発明が王侯貴族(ルイ16世とマリー・アントワネット)ばかりか、ダントンやロベスピエール、一般人もその対象になった。死刑執行人は代々「ムッシュ・ド・パリ」と呼ばれて、担当を格式を持っていた。1967年9月10日、フランスで最後のギロチンによる死刑執行が行われた。1981年、ミッテラン大統領の提案に基づき、ギロチンの使用中止が提案された。ギロチンだけでなく、死刑そのものが廃止され、フランスは西ヨーロッパの大半の諸国と並んで死刑のない国になった。(4月25日)

 

 

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