矢島柳堂
志賀直哉の短編に「矢島柳堂」(大正14年)という作品がある。妹のお種とともに暮らす画家の矢島が、弟子の今西との会話で、藤のつるが右巻きか、左巻きかというたわいない話の内容だが、はたして矢島柳堂という人物が実在したのか、架空なのか小説を読んだだけではではわからない。だいたい志賀の作品の登場する主要な人物には架空の人物がほとんどである。伊達騒動を題材にした有名な「赤西蠣太」にしても原田甲斐は実名ででてくるが、主人公の赤西蠣太は架空名である。これは志賀の小説作法の根幹として、歴史から離れて、創作を意識したからであろう。歴史を叙述するのではなく、芸術を重んじているのである。矢島柳堂、赤西蠣太、いずれも志賀自身の面影が感じられるような人物として描かれている。矢島柳堂という人物名がどこから思いついたのか定かではないが、架空名であることは疑いない事だろう。


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