サオ美術(チャド文化)
ナイル上流のスーダンに、紀元前700年ころから紀元300年ころまで栄えた黒人帝国クシュがあった。クシュは、一時は全エジプトを征服したことさえある(第25王朝のいわゆる「エチオピア王朝」)大帝国であったが、4世紀の初めに、エチオピアのアクスム帝国に滅ぼされた。アクスムは、紀元前一千年紀にアラビア半島南部にあったセム語族のサバ帝国から移住してきた人たちのつくった国である。このアクスムに追われたクシュ人は西方に退いて、コルドファンやダルフールに町をつくり、さらに一部の人たちはチャド湖にまで達して、サオ文化を樹立した。彼らは青銅や銅に加工し、金属製品をつくった。これらの金属製品はほとんどは装身具である。またきわめめて特異な形をしたテラコッタ彫刻が、同じく墳墓から見いだされる。これらは人間の頭部のほか、祖先像や仮面をつけた人物像で、目と口の突出した顔容には、怪奇さのなかに逆三角形の目、外側に反った唇、瞳・鼻・耳の穴、半円形の眉など、ノク人頭の典型を示す。また、ビーズのパン状に束ねられた髪は、ノクの東方の村に現在住んでいる人びとの髪形に酷似しており、またこの人頭と一脈通じる造形を示す仮面や人像が、現在のヨルバ族の木彫のなかにある。抽象的な形式に豊かな生命を盛りえた優作である。(週刊朝日百科「世界の美術 民族美術」) Sao civilisation
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