康熙帝とネルチンスク条約
康熙帝は1654年のこの日、順治帝の第3子として生まれた。1661年、8歳で清の第4代皇帝に即位。西洋文化を積極的に取り入れ、中国歴代最高の名君と称される。1689年9月6日、清とロシアの間の国境を定めたネルチンスク条約が調印された。清・康熙帝、ロシア・ピョートル大帝である。清のソンゴトゥ(策額図)とロシアのゴロヴィンの両全権が、ネルチンスクにおいる2週間あまりの交渉の末、両国間初の条約に調印した。このとき未決とされたウタ川一帯は、その後も国境が画定されず、1858年のアイグン条約で清がアムール川以北の領土を奪われる遠因となる。
なお調印の日は露暦8月27日、康煕28年7月24日あるいは23日説があり、9月6日と7日の両説がある。(Nerchinsk,尼布楚,F・A・Golovin,3月18日)
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