振り返ってみた1970年前後
1970年のこの日、大阪府吹田市で日本万国博覧会の開会式が行われた。183日間で入場者数延べ6422万8770人。展示品よりもコンパニオンを見ることのほうが楽しみだった。この年11月には市ヶ谷で三島由紀夫の割腹自殺があった。自殺の動機についてはよくわからなかった。3月には赤軍派による「よど号ハイジャック」。ハイジャックは流行となる。翌年、ダン・クーパーと名乗る男が飛行機からパラシュートで逃亡して未解決事件になっている。流行語は「モーレツからビューティフル」。高度成長期にモーレツ社員が流行したが、実はその前年に丸善石油のコマーシャルで「Oh!モーレツ」が大流行したのを受けているのではないか。一見お色気CMだが、いまから見ると小川ローザの露出度はほとんどないものだった。少年マガジン連載の「巨人の星」と「あしたのジョー」が人気爆発だった。なかでも力石徹の告別式が本当に行われた。少年キングの「柔道一直線」も実写版がテレビドラマで放送された。流行歌は先ごろ自殺した藤圭子の「女のブルース」「圭子の夢は夜ひらく」「命預けます」の怨歌が全盛だった。邦画では藤純子の「緋牡丹博徒・お竜参上」がヒット。洋画では前年から「イージー・ライダー」「真夜中のカーボーイー」などマリファナ、ヒッピー、人種問題、ベトナムが話題だった。「狼の挽歌」のブロンソンも人気絶頂だった。「いちご白書」「明日に向かって撃て」など青春映画も懐かしい。人気アイドルは内藤洋子と酒井和歌子でクラスの男子は分かれた。前年、全共闘の連合結成大会が日比谷公園であったが、地方の高校生は無関心だった。小田実のベ平連も学校では騒動があったが、自分は無関心だった。ロックの祭典「ウッドストック・フェスティバル」も後で知った。時代はフォーク・ブームだった。先日テレビで「真夜中のギター」の千賀かおるが出演していた。彼女はもともとは演歌歌手だった。おりからのフォークブームでギターをもって歌ったのだ。「真夜中」というのも「真夜中のカーボーイー」と流行を追ったのか。今話題のジャニー喜多川はジャニーズ第2弾フォーリブズがアイドルとして売れ始めジャニーズ王国の足掛かりとなる。この時代のキーワードは「偽装」「虚飾」である。三島も全共闘も難解な言葉をもてあますものは、偽装に思える。安部公房が後でこんなことを言っていた。「言っとくけどね。三島由紀夫の作品は、本当の意味での芸術じゃないんだ。上手に書かれた書き物なんだよ」と。「仮面の告白」という題名に象徴されるような仮面性、ボディービルで鍛え上げても運動能力に欠ける肉体、ヴィクトリア王朝のコロニアル式の邸宅、すべてが嘘っぽいもので構築されている。万国博覧会張りぼてパビリオンに象徴される1970年代は一見、絢爛豪華がカッコイイとして受け容れられた時代だった。(3月13日)
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三島事件当日の僕は叔父が市ヶ谷台に住んでいたので心配になって電話をかけたことを思い出す。あれから50有余年過ぎ去った。三島事件後、学生時代の新井薬師駅近くの喫茶店で読んだ雑誌で「吉田健一が、三島由紀夫は貴族階級がこの日本にあると思い違いをした人間であると冷笑した」との記事が心に残った。
投稿: 西蒲原有明 | 2023年3月15日 (水) 16時25分