ツタンカーメンの呪い
古代エジプト第18王朝の王ツタンカーメンの墓は1922年のこの日、盗掘を免れて完全な状態で発見された。ところが発見者の1人カーナボン卿が翌年に毒虫に刺されて死んだ。と、思うと、つぎつぎに発掘に関係した人々が変死を遂げた。それは「ファラオの呪い」のためであり、ツタンカーメン王の墓には、「ファラオの休息を乱した者には、たちまち死が襲うだろう」という呪いの銘文が刻まれた死者の書が副葬品とされた。ファラオとは「ペル・アア」(大いなる家)という古代エジプト語のギリシア語形で、もともと王ではなく、王宮を指すのに使われていた。「大いなる家」は神殿領や貴族の所領のような小さなペウル(家)の課税を行うことになっていた。新王国時代以降、この用語は王自身を指すのにしばしば使われるようになった。ツタンカーメンはおよそ9歳の頃、スメンクカラーの後を継いだ。王はテーベに遷都し、アメン信仰を復活した。王の治世は僅か9年、18歳の時に終わった。短い治世でツタンカーメンの詳しいことは分からない。(11月25日、Tut-ankh-Amen,pharaoh)
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