アロー号事件
1856年のこの日、アロー号事件おきる。広州沖に停泊中のイギリス船籍のアロー号に中国の官憲が踏み込み、海賊容疑で中国人水夫12名を捕らえた事件である。これに対してイギリス広州領事ハリー・パークスは、イギリス船籍への臨検行為を条約違反として、またイギリス国旗の引き降ろしをイギリスへの侮辱として葉名琛に抗議するとともに、これを口実に、広西でカトリック宣教師を処刑されたフランスと連合してふたたび清朝に戦いを挑んだ。1857年12月、英仏連合軍は広州を占領し、さらに北上して翌58年5月には太沽(タークー)砲台を奪い天津に迫った。6月、清朝はやむなく英仏両国、および調停者を装ったアメリカ・ロシア両国との間に天津条約を結んだ。(10月8日)
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