西アジアと美人考古学者
文明の誕生はメソポタミアであることはよく知られている。しかしメソポタミア流域で灌漑農耕が出現するにいたるまでには、長い先史の前史があったことは言うまでもない。それを解明するには旧石器時代、中石器時代、新石器時代から金属器時代の真の文明段階にいたる綿密な考古学的調査が不可欠である。しかし文明の揺籃地である西アジア一帯は政治的に危険地帯でなかなか調査しにくい場所でもある。前1万5千年から前1万年ころの人類は森林におおわれた山脈の洞穴に住んでいたとおもわれる。シャニダールB層からは細石器をともなう中石器時代のものが発見されている。サルジ洞窟、ハゼル・メルド洞穴から中石器文化のナトゥーフ文化が知られるようになった。この段階の文化は狩猟・採集・漁撈にあるが、野生種の麦類を食糧にしていたかもしれない農耕への動きがみられるという。農耕の存在を確実に示す遺跡はイラク北部のカリム・シャヒル(前8000年)である。ハッスーナ・サマッラ期(前5000年)、初めて灌漑をおこなったハラフ期、ウバイド期、ウルク期、ジュムラト・ナスル期、そして初期シュメール人の王朝時代ウルク第1王朝へと続く。このような西アジアの先史時代の解明に貢献したのは、イギリスの女性考古学者ドロシー・ガロッド(1892-1968)である。なぜ彼女の事績が日本でほとんど紹介されないのか不思議である。(Dorothy Annie Elizabeth Garrod)
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