敬老の日と悲田院
本日は敬老の日。2003年から9月の第3月曜日になったが、それまでは9月15日であった。兵庫県多可郡野間谷村(現・八千代町)の門脇政夫村長が提唱した「としよりの日」が始まりである。俗説としては、聖徳太子が不幸な老人や病人を救うために、悲田院を建てた日とされている。悲田院は敬田院、施薬院、療病院とともに四箇院と称して大坂の四天王寺にあったとされるが確証はない。聖徳太子の悲田院の概要は不明なので、中国の悲田坊の制度を調べる。隋・唐の寺院にも設けられたという記録は、唐会要巻49「病坊」などに記されている。唐令には高齢または身体障害者で養い手のない人、貧乏で暮らせない人を地方団体(郷里)が安価に当たるべきことを規定している。悲田坊(悲田養病坊ともいう)は、開元5年(717年)の宋璟らの上奏文によれば、孤老窮人の保護に当たる収養施設で、長安をはじめ各地におかれ、悲田養病使が各施設に派遣されていた。国は僧侶のなかから悲田養病使を任命しただけで、実権は僧侶の手にあった。仏教寺院は六朝以来、社会事業に力をそそいでいるから、唐代において悲田坊が設けられたのは当然のことである。慈善事業とはいえ、その経費を寄付に仰いだので、寺としてはかえって黒字にある傾向があったという。悲田坊をやればもうかるので発展したともいわれている。
現在、日本の最高齢者は、芦屋市在住の糸岡富子さん。明治41年生まれで116歳。日本人の10人に1人が80歳以上である。
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これは、障碍者差別がひどい国及びそうでない国ではもちろん、福祉大国でも、そうでない国でも起こりえることであり、今後、日本はもちろん、その周辺国、反日国家、親日国家云々関係なく、十分にあり得ることであり、戦争が大好きな国でも、大嫌いな国でも、どういう主義思想、政策を行う国でも、起こりえることであり、寛容さを捨て、少数派と、ズレた意見を含む、他者の意見に耳を傾け、向き合おうとしなくなれば、いつでも起こりえることである。
↓
重 h・kを評価しないことは差別でありヘンケんというのなラ
自分の住む国jという国で、多くの障碍者が殺される事件があったとき、その事件を起こした殺人犯と同じように「障碍者は皆殺しにするべきだ」という人達を、jの政府が攻撃したとき、jの多くの人達は攻撃した。
同時に「一部の障碍者を皆殺しにするべきだ」という人達も、jの政府は攻撃し、jの多くの人達は攻撃した。
自分は軽度の障碍者であり、障碍者だから過去に差別を受けて、差別を受けるのが怖く、また、そういう人達に報復をしようと思い攻撃した。
その直後、jの政府が、h・kという、幼い時に視覚と聴覚を失い、声を発することができない、重度の障碍者になったにも関わらず、ものすごく頭のいい人達が通う大学に合格して卒業し、世界各地を歴訪し、戦争や死刑制度に反対して、障害者の教育や福祉の発展に尽くした、重度の障碍者の偉人を、批判したり評価しない人達を、障碍者以外は攻撃した時、jの少数の人達は疑問を抱いたが、多くの人達は攻撃した。
自分は軽度の障碍者であり、h・kを尊敬していたから攻撃した。
そして時は流れ、jの政府が、重度の障碍者を皆殺しにした、uという国から来た難民は、保護したが、その国の移民を、障碍者以外は攻撃した時、少なくない人達が、疑問に思ったし、jの政府を批判する人達もいたが、半数以上の人達は攻撃した。
もちろん、自分は軽度の障碍者だったので、何か変だとは思ったが、uが怖いので攻撃した。
長い年月が経ち、jの政府が、精神病院を廃止した、iという国の移民や「精神病院を廃止しろ」という人達を、障碍者以外攻撃したとき、半数以上の人達が、疑問に思ったし、jの政府を批判する人達も少なくなかったが、半数近くの人達は攻撃した。
自分は、軽度の障碍者であって、何か不安に思ったが、精神病患者ではなく、iは好きではなかったので攻撃した。
そして、自分の晩年、jの政府が軽度の障碍者及び精神障碍者やバカな人達などを攻撃したとき、半数の人達が攻撃され、後悔したが遅すぎた。
自分は精神障碍者ではないが、軽度の障碍者でバカなので攻撃された。
その時、自分にできることは何もなかった。
追伸・この物語の主人公「自分」のモデルは実在します。
もちろん、俺はこの人を良く知っています。
その人は最近まで、h・kのような人を尊敬していました。
今では批判していますけどね。
この人は、5ちゃん(旧2ちゃん)や、いろんなブログにも、書き込んでいます。
もしかしたら、今日も5ちゃん(旧2ちゃん)や、いろんなブログを閲覧して、何か書き込んでるかもしれませんね。
投稿: 芋田治虫 | 2020年10月26日 (月) 18時19分