ミトリダテス王の最期
アナトリア地方の黒海南岸に位置するポントス。ミトリダテス6世(132BC-63BC)は20年以上もローマと戦ってきたが、自らの命ももはやこれまでと判断した。だがポンペイウスの凱旋式に捕虜としてさらし者にされることは自尊心が許さなかった。王はいさぎよい最期のために刀の鞘の中に常備している毒を取り出し、のみ下した。効果を早めるために早足で歩き回ったけれども、一向に効き目は現れない。普段から毒殺されるのを怖れて、抗体をつくっていた。少量ずつ毒を飲んでいたのが裏目となり、最期は忠臣ヒドゥイトゥスに自分を殺すように命じ、ようやく絶命した。紀元前63年、69歳であった。英語mithridatism(免毒性)は、この故事に依っている。
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