みだれ髪
与謝野寛(鉄幹、1873-1935)と鳳しょう(晶子、1878-1942)がはじめて会ったのは、大阪北浜の平井旅館、明治33年8月4日のことであった。晶子は鉄幹をひと目みたとき、好きだ、と思った。鉄幹28歳、晶子23歳。そのとき鉄幹には林滝野という内縁の妻がおり、一児・萃(あつむ)をもうけていた。また山川登美子(1879-1909)とも恋愛関係にあった。そんな中で山川登美子は山川駐七郎と結婚し、滝野は実家の山口へ帰り鉄幹と離別した。やがて晶子は鉄幹と結婚。与謝野晶子の誕生である。明治34年8月、歌集「みだれ髪」を刊行するや、その浪漫的な歌風によって一世を風靡し、与謝野晶子はたちまち歌壇にゆるぎない地位を築くものとなった。「みだれ髪」は明治33年より刊行時までの「明星」掲載歌を中心に399首を収録。「臙脂紫」「蓮の花船」「白百合」「はたち妻」「舞姫」「春思」の6章よりなる。
夜の帳にささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ
髪五尺ときはなたば水にやはらかき少女ごころは秘めて放たじ
清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき
やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな
乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き
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