日航ジャンボ機墜落(1985年)
昭和60年8月12日午後6時24分30秒。羽田空港を飛び立った日本航空123便大阪行きには524人の乗員乗客が搭乗していた。折りしも、お盆の帰省シーズンだった。ジャンボ機は相模湾上空で操縦不能となり、群馬県御巣鷹山山中に墜落、大破炎上。死者520人、生存者4人。単独機として世界最大の事故である。激しく揺れる機内で、ある乗客は家族への伝言を記した。「本当に今まで幸せな人生だったと感謝している」別の人は「恐・恐・恐、助けて」とゆがむ字で書き続けた。事故原因は「圧力隔壁の破損」によるとされる。
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