リクルート事件と江副浩正(1988年)
昭和63年6月18日、朝日新聞が川崎市助役のリクルートコスモス未公開株譲渡疑惑をスクープした。さらに7月になって未公開株の譲渡先が竹下首相ら政府・党要人に及んでいたことが判明した。
この年3月、川崎駅前再開発計画をめぐって、川崎市助役がリクルートから関連会社の未公開株を受け取っていたことが発覚、一連のリクルート事件の発端となった。未公開株は竹下首相、宮沢大蔵大臣などの閣僚をはじめ、自民党の領袖、大物財界人などにわたっていたことが明らかになり、12月宮沢大蔵大臣は辞任した。東京地検特捜部は政界・官界・財界人への未公開株の譲渡のうち贈収賄にあたる事件の捜査を進め、この翌年藤波元官房長官、NTT前会長らを起訴した。自民党の長期政権が続くなかで、政財界の癒着も進んだ。昭和51年のロッキード事件、昭和63年のリクルート事件、平成4年の佐川急便事件などの贈収賄事件で国民の政治不信はつのり、政治改革がさけばれるようになった。
事件の中心人物、江副浩正とはどのような人物なのか。昭和11年、愛媛県に生まれる。戦後、甲南中学校・高等学校を経て東京大学を卒業。大学在学中に、リクルートの前身である株式会社大学広告を設立した。高度成長の波に乗って事業を急拡大させる。生み出した利益を新事業に先行投資する方法で、不動産、金融、レジャー、情報通信にまで手を広げ、「ニュービジネスの旗手」と呼ばれた。事業の拡大とともに80年代から財界での活動に力を入れ、政界とのパイプづくりを励むようになる。92年、経営不振からダイエー傘下での再建を決意して自社株を売却、一線を退く。平成25年、死去した。
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