五月は悪月?
さわやかな新緑の季節になったが、世界をみまわすとウクライナやパレスティナのニュースで毎日暗いニュースが多い。そのむかし中国では相当古くから5月を悪月とみなす習慣があった。史記によると、斉の田嬰には40余人の子供があり、そのなかの一人に田文がいた。田文は賤妾の子で、しかも5月5日に生まれた。当時の俗説では「5月5日に生まれた子どもは父母に仇をする」といわれた。田嬰もはじめはいい顔をされなかったが、実はなかなかの才人で、やがて父のあとをついで城主になる。善政をおさめて、食客数千人を招いて厚遇し、その勢力は諸侯に聞こえ、孟嘗君として戦国末の四君の1人に数えられるようになった。なぜ5月が悪月なのか不明である。現代社会にも「五月病」というようなノイローゼなどの症状が現れるのもこの季節。5月は注意が必要である。五月病の対処法としては、三食きちんととることが基本です。よく睡眠をとること。適当な運動をする。「なにかをしないと」と思いすぎないこと。とにかくストレスをためないことです。
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