宮本武蔵忌日
大津街道脇にあった武蔵の墓は平成元年から武蔵塚公園として整備された
二天一流の創始者で、剣聖と仰がれる宮本武蔵の墓は熊本にある。寛永17年、細川忠利に招かれて来熊。晩年は熊本で過ごした。1年後に忠利に先立たれた後は岩戸観音の霊巌洞にこもる日々が続き、「五輪書」「独行道」などを著し、また画人として水墨画の名品を残した。剣豪武蔵は、芸術にも優れ二刀流だった。正保2年5月19日に飽田郡五町手永弓削村(現熊本市龍田弓削1丁目)に葬られた。墓は武蔵塚公園内ある。墓碑には「兵法天下一 新免武蔵居士石塔 正保酉乙年五月十九日」と記されている。武蔵の墓はもう一つある。熊本市島崎町霊寿庵裏の自然石で、碑面に「貞岳玄信居士」とある。その横には、「心月清円信女」という女性の墓石が並んでいる。享年62歳。病名は神経痛と胃癌だった。
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