梅雨と水害
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参考までに日本国語大辞典から引用します。「*文明本節用集〔室町中〕「 (漢字が判読できない)ツユ 又作墜栗(ツユ)」
*多聞院日記‐天正一一年〔1583〕五月一八日「今日雷なる、つゆあかると見たり」
*日本歳時記〔1688〕四・五月「此の月淫雨(いんう)ふるこれを梅雨(ツユ)と名づく」
同じく同辞典からの語源説の引用「(1)露けき時節の義〔大言海・日本語源=賀茂百樹〕。ツユ(露)の義〔日本釈名・滑稽雑談所引和訓義解〕。
(2)物がしめりくさるところから、ツイユ(潰)の義〔志不可起〕。
(3)梅がつはり熟すところから、ツハルの約〔松屋筆記〕。梅の熟する意で、ツヒユ(潰)の義〔名言通・難波江〕。ツヘル(潰)の義〔言葉の根しらべ=鈴江潔子〕。ツユ(熟)の義〔言元梯〕。
更に国史大辞典から引用すると「入梅」の項目に
「梅雨(つゆ)入りの目安とされていた暦注。五月節(芒種)以後の最初の壬(みずのえ)の日。芒種の日が壬であると、次の壬の日としていたが、元文五年(一七四〇)から後は芒種の日が壬であればその日を入梅とした。本来気象条件の異なる中国で定められた日取りの決め方を、そのまま日本で用いてきたもので科学的に根拠があるとはいえない。現在では入梅は雑節の一つで、太陽の黄経が八〇度にあるときとされている。なお、梅雨とは、太陽暦で六月十日ごろより始まる約一ヵ月の雨の多い季節をいい、五月雨(さみだれ)ともいう。(内田 正男)」とあります。
投稿: 荒井郁之助 | 2024年6月 1日 (土) 09時50分