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2024年5月31日 (金)

海峡浪漫・間宮林蔵

Mamiyar1

   国禁地図を国外に持ち出そうとしたことが発覚して、国外に追放されたシーボルト。このことを密訴したのは間宮林蔵だといわれる。1828年9月シーボルトから林蔵のもとに小包が届けられた、彼は開けずに勘定奉行に差し出した。このことが発端となって事件が起こった。地図と航海記を交換した役人高橋景保は獄死し、多くの関係者が処罰された。のち林蔵は隠密となって、さびしい一生を送ったという。

 

 

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日本史」カテゴリの記事

コメント

私の控え「文政11年1.11(1828年2.25)シーボルト出島にて,江戸の間宮林蔵宛の手紙を書く(注:片桐一男「事件の発端となったシーボルトの手紙-阿蘭陀通詞中山作三郎が手控えたシーボルトの手紙と鷹見泉石の手紙控え-」『洋学史研究』22号2005年。『シーボルトの日本報告』255頁)。同年3.28(5.11)江戸の高橋景保宅に手紙が届く。高橋は同封の間宮宛の小包を届ける。間宮林蔵は決まりにより小包を幕府に届け,高橋の身辺を中心に幕府の探索が始まる(注:片桐一男「事件の発端となったシーボルトの手紙」)。」

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