寺田屋事件
文久2年のこの日、有馬新七ら薩摩藩尊攘派が惨殺された寺田屋事件があった。寺田屋といえば文久2年の歴史的事を一般に指すが、それから3年後の慶応元年、坂本龍馬が幕府から襲撃され無事脱出した事件も寺田屋事件とよばれる。つまり文久2年と慶応元年の2つの寺田屋事件があったことになる。近年、龍馬ブームから寺田屋事件=龍馬襲撃事件と誤解する人も多い。京都伏見に寺田屋という観光スポットがある。中には龍馬やお龍、お登勢の写真が飾られている。刀痕のある柱や、お龍が龍馬に裸で追っ手を知らせる時に上った階段、昔の風呂場なども展示されている。だがこれらはすべて本物ではない。寺田屋は鳥羽伏見の戦いで全焼しており、現在の建物は明治になって再建されたものである。西村天囚は「寺田屋は、伏見の兵火に焚けしかば、家の跡を取払ひて、近き此処に銅碑を建て、寺田屋は其西に建てけり」(紀行八種、明治32年刊)とある。つまり現在の寺田屋は再建されたもので、展示品はレプリカであろう。経営者の安達清が昭和37年頃にこの古い建物を買いとり、龍馬ブームに便乗して旅館経営と観光地化を狙ったのであろう。(4月23日)
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