「ん」から始まる言葉
ヨーロッパの諸言語には「ン(n)」で始まる言葉はまったくない。わが国も「古事記」「万葉集」には「ん」はない。空海がサンスクリット語「Haum」から「吽」に「宇宙の終焉」という意味を付与して広まったという。やがて庶民に「ん」が連発されるようになって「ふどし」を「ふんどし」というように「ん」が誕生した。明治22年の「言海」には「ん」という見出し語はないが、大正8年の「大日本国語辞典」に「ん」が項目として初めてあげられる。しかし「ん」から始まる言葉は少なかった。Dr.スランプのアラレちゃんの「んちゃ砲」くらいか。
だが沖縄県には「ン」ではじまる言葉が多くある。「ンム(さつまいも)」「ンマガ(孫)」「ンナトゥー(港)」「ンニイ(稲)」「ンブシー(味噌煮)」など「沖縄語辞典」には145個もある。
広辞苑にはチャドの首都「ンジャメナ」は「ウンジャメナ」として載っている。ガーナの大統領はエンクルマは本来「ンクルマ」のほうが現地発音に近いが、「エンクルマ」として表記されてきた。だが最近、「ン」から始まる言葉はまちがいなく増加している。これは国際化の影響のためだろう。アフリカのスワヒリ語には、頭に「ン」の発音がつく。「ンデベレ人形」は南アフリカの民芸品で「ンドンバ」はカメルーンの郷土料理として知られている。ケニアのキリマンジャロは「キリマ・ンジャロ」と発音するのが正しい。タンザニアの「ンゴロンゴロ自然保護区」は動物の宝庫として知られている。現地語で「巨大な穴」という意味。
赤道ギニアの初代大統領はマシアス・ンゲマ。インドネシアにはングラライという独立運動の英雄がいる。チベットの取っ手つきの太鼓「ンガー」(画像)、沖縄には「ンナフカ祭り」がある。中国人にも「ン」から始まる人名は多い。広東語では「呉」という漢字は「Ng(ン)」と発音される。ング・ボ・リン、ン・チー・ボン、ン・ヒンゴッ、ン・マンタ、ン・ユエン・ファン、ン・ミンヒンなど俳優の名前がネット上で散見できる。
連体詞「んとす」は、「むとす」の転化で、まさに…しようとする。「壮途に上らんとす」「終わりなんとす」 (Ngah)
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東北地方では「んだ、んだ」と言う。「そうだ、そうだ」という意味である。寒い地方だから短縮したのだろう。大槻文彦が採り上げなかったのは不思議といえば不思議ではある。
投稿: 大槻文彦 | 2024年3月15日 (金) 16時19分