ドロン誕生秘話
フランスの名優アラン・ドロンの自宅から銃72丁が押収された。ドロンは銃を所持する許可を持っておらず、3000発を超える銃弾も押収され、武器違法保管などの容疑で捜査が開始される。映画などでも銃を扱うシーンは数多くあるが、ドロンは10代でベトナム戦線に志願し、機関銃の撃ち方を覚えたので、高齢になっても銃マニアは生涯続いていたのであろう。ここではアラン・ドロンを世に送った女優たちの話を書こう。といってもロミー・シュナイダー、ナタリー・ドロン、ミレーユ・ダルクといった有名女優の話ではない。エステラ・ブラン(1934-1982)やミシェル・コルドウである。二人の女優の名前を知っている方は相当のフランス映画ファンであろう。もちろん1950年代後半は日本でも彼女たちの映画が公開されたが今ではほとんど忘れさられたといってよいだろう。
エステラがインドシナから帰って来たドロンと親しくなったのは、1957年ころで、おそらくカンヌ映画祭の後であろう。ドロンは18歳くらいで自慢の美貌を武器に映画界入りのチャンスを狙っていた。当時の青春スターだったエステルのボーイフレンドになったことは映画界の切符を手に入れたに等しいことだ。エステルは友人の先輩女優ミシェル・コルドウにドロンを紹介した。ミシェルはこのナルシステイックな青年をたいへん気に入り、夫の映画監督であるイヴ・アレグレに紹介した。こうしてドロンは二人の女優たちの力によって映画出演ができた。エステラのその後はどうだったろうか。俳優のジェラール・ブランと結婚したが、まもなく離婚。ミシェル・ボーシャンと再婚したが、1982年1月1日、パリ郊外のアパートで自殺している。
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