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2024年2月29日 (木)

大谷翔平が結婚を発表

 NHKのアナウンサー糸井羊司が「ここでお目出たいニュースがはいってきました」という。何かと思うと、MLBドジャースの大谷翔平が自身のインスタグラムで結婚を発表したというのである。「お相手は日本人女性てす」著名人の結婚でも自分にはほとんど関心のないニュースだが、世間ではおそらく大きな話題になっていることだろう。上沼恵美子は「あのアンバランスさが、もうキュンキュンするわ」といい、薬師丸ひろ子が「大谷くんのことが大好きで、こういう年ですから間違っても結婚なんてことは・・・」と大谷推しはおばさん世代にまで広がっている。この速報が出て、一番喜んでいるのは自民党だろう。これで政倫審のニュースは吹っ飛んだ。

 

東京スカイツリーと浅草十二階

03_asakusa_park_ikehan Main_ryounkaku_04_l_2 Ryoun6明治のランドマーク・タワー 凌雲閣

 

  2012年のこの日、東京スカイツリーが竣工した。高さは634m。かつて東京浅草には赤レンガづくりの凌雲閣(通称、浅草十二階)が建てられていた。(明治23年11月完成) 新潟県長岡の生糸貿易商、福原庄七という人物がエッフェル塔を真似て作ったといわれる。田山花袋は屋上にのぼりて「日本にもたんとない眺望の一つ」と絶賛している。だが明治40年になるころには人気もなくなり、塔裏手の千束町には800軒の私娼窟が形成された。関東大震災では8階から上層を跡形なく失い、陸軍赤羽工兵隊の手で爆破された。(2月29日)

 

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堕羅鉢底(「ト」事項索引)

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 「東常縁(とうつねより)」室町時代の武将、歌人。▽「ドヴァーラヴァティー」7~8世紀ごろタイのメナム川下流域を中心に存在したモン族の王国。漢訳で堕羅鉢底。▽「東天紅」明治期の新聞雑誌の所蔵目録。宮武外骨が編纂に当たる。▽「刀伊の入寇」大陸の沿海州地方に住んでいた女真族(刀伊)が1019年9月19日、突如50余隻の船で対馬・壱岐を襲い、島人1289人を略奪連行。うち300余人は女真族の船団を破った高麗の使に保護され帰国した。▽「トイトブルク森の戦い」紀元9年ゲルマン系ケルスキ族のアルミニウスがローマ軍をトイトブルクで破る。▽「トゥキディデスの罠」戦争が不可避な状態まで従来の覇権国家と、新興の国家がぶっかり合う現象を指す。▽「銅雀台」三国魏の曹操が、210年にその都の鄴につくった有名な建築。▽「陶片追放」古代アテナイで、僭主の出現を防ぐために、市民が僭主になる恐れのある人物を投票により国外追放にした制度。オストラキスモス。▽古代ギリシアの哲学者アナクシマンドロスは、水のように存在するものを「アルケー」と呼び、それ以前の無限定なものを「ト・アペイロン」(to apeiro)と呼んだ。それは、水でもなければ、普通に要素と呼ばれているものでもなく、地・水・空気・火の四大元素が形成され、それによって宇宙や天体がつくられていると考えた。▽「東亜同文書院」(初代院長・根津一)1898年設立され、1939年12月に大学令によって東亜同文書院大学に昇格するが敗戦に伴い、閉学となった。▽「棠陰比事」南宋の桂万栄が編集した裁判実話集。▽「竇娥冤」(とうがえん)元代の戯曲。▽「東京国際空港」通称は羽田空港。1931年「東京飛行場」として開港。淵源は1910年に相羽有と玉井清太郎が日本飛行学校として設立したことに始まる。▽「湯顕祖」明朝の劇作家。代表作「牡丹亭還魂記」。▽「道光帝」清の第8代皇帝。アヘン戦争に大敗し、南京条約を結ぶ。▽「TOPIX」トピックス、東京株価指数。東京証券取引所一部上場全銘柄を対象として、算出・公表している株価指数のこと。Tokyo Stock Price Indexの略。日経平均株価よりもTPIXのほうが多く使われています。▽「トーチ作戦」第二次世界大戦中、1942年11月8日より行われた、連合国軍によるモロッコとアルジェリアへの上陸作戦のこと。▽「東廠(とうしょう)」明代の永楽帝が設置した宦官の特務機関。▽「ドッグイア」本の端っこを折ってしおり代わりにすること。▽「ドッジ・ライン」戦後占領期にアメリカが行った日本の経済安定政策。▽「ドップラー効果」音源が動いているときに、音の周波数が変化する現象。▽「ドッペルゲンガー」自分とそっくりの姿をした分身を見ると死ぬといわれる。自己像幻視。▽「ドーラビーラー」1967年にインド、グジャラート州で発見されたインダス文明の遺跡。▽「トランスワールド航空800便墜落事故」1996年ニューヨーク州のロングアイランド沖でボーイング747が爆発による空中分解によって墜落した航空事故。230名全員死亡。▽「トランプ」2016年の米大統領選挙で下馬評を覆して当選。TPP離脱などの保護主義、極端な排外主義的な政策で白人の労働者層・中間層の支持を獲得したが、2020年の大統領選挙にジョージ・バイデンに敗れて再選を逃し、1期で終わった。▽「トンレサップ湖」アンコール・ワットに近いカンボジア中央部にある東南アジア最大の湖。▽「トリアージ」患者の重症度に基づいて、治療の優先度を決定して選別を行うこと。仏語 triageとは「選別」を意味する。▽「ドリオピテクス」アフリカの900万年前ごろの地層で発見された化石類人猿の一種。サルとヒトとの共通の祖先と考えられている。▽「ドリームボックス」動物愛護センターにある犬・猫などの殺処分機・ガス室のこと。▽「トルトラ島」カリブ海ヴァージン諸島。▽「湯沐黎」とうもくれい。画家。1947年上海生れ。▽「トレミー工法」水中でコンクリートを打設する手法の一種。▽「トロイルスとクリセイデ」イギリスのチョーサー、1385年の作品。トロイ戦争を背景に、若い勇士トロイルスと美貌の未亡人クリセイデとの悲恋物語。「どんどろけ飯」鳥取県の郷土料理。油で炒めた豆腐と野菜を混ぜた炊き込みご飯。(とととと)

 

ドアーズ(ロック・ミュージック)
ドア半島(ウィスコンシン州)
ト・アペイロン
ドアラ(カメルーン)
土肥温泉(静岡県)
土井ヶ浜遺跡(山口県)
土居光知(英文学者)
ドイツ
ドイツ関税同盟
土一揆
トイトブルクの戦い(AD4年)
刀伊の入寇
土井晩翠
問丸
ドイモイ政策
ドイル,アーサー・コナン
トインビー,アーノルド・ジョゼフ

東亜同文会
道安
棠陰比事
ドーヴァー
ドヴァーラヴァティー(堕羅鉢底)
東学党
桃花扇
塔ヶ岳
トゥキディデスの罠
東金
登記
闘牛
東京
道鏡
東京アラート
東京国際空港
東京タワー
東京ローズ
道元
桃源郷
湯顕祖
道光帝
唐賽児の乱(1420年)
東寺
銅雀台
東洲斎写楽
東廠
唐招提寺
東条英機
冬虫夏草
東大寺
東大ポポロ事件
董卓
銅鐸
洞庭湖
東天紅
東南アジア
東常縁(とうのつねより)
陶片追放
東方見聞録
東方明珠塔
東北
トゥーマイ猿人
当用漢字
湯沐黎
ドゥラ・エウロポス
トゥーランドット
ドゥ―リトル隊空襲
トゥール・ダルジャン(フランス・パリ)
トゥール・ボアティエの戦い
トゥレット症候群
蟷螂の斧
トキソプラズマ
時のたつまま(映画「カサブランカ」の挿入歌)
土偶
徳川家康
徳島県
読書
徳政令
独占禁止法
徳田秋聲
トクタミシュ
ドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)
都護府
土佐
外様
杜如晦
トスカーナ
図書総覧(フォティオス編纂のBibliotheca、845年)
ドストエフスキー
ドーズ法
栃木県
トーチ作戦
トチャ族
ドッカーレ宮殿
ドッグイア
突厥
鳥取県
ドッジ・ライン(1949年)
ドップラー効果
ドッペルゲンガー
ドデカフォニー
ドナウ氷期
トニー賞
杜甫
土木の変
舎人親王
鳥羽僧正覚猷
ドーハの悲劇(1993年)
トビアの晩
トプカピ宮殿
トマス・モア
ドミニカ
ドミノ理論
トムヤムクン
ドメイン名
富山県
トュキュディデス
豊臣秀吉
トライアスロン
トライベッカ映画祭
トラスト
虎の巻
トラバーチン模様
ドーラビーラー
トラファルガーの海戦
トランスジェンダー
トランスワールド航空800便墜落事故(1996年)
トリアージ
トリエント公会議
ドリオピテクス
トリケラトプス
ドリゴのセレナーデ
トリスタンとイゾルデ(楽劇)
トーリー党
鳥仏師
ドリナの橋(イヴォ・アンドリッチの小説)
トリニダード・トバコ
トリノの聖骸布
ドリームボックス
トルキスタン
トルクメン
トルコ
トルコ石
トルコマンチャイ条約
トルコライス
トルストイ
トリチェリ
トルテカ文化
トルデシリャス条約
トルトラ諸島
トルーマン
奴隷
トレビの泉
ドレフェス事件
トレミー工法
トレミーの定理
トロア協定
登呂遺跡
トロイルスとクリセイデ
トロッキー
ドロットニングホルム宮殿(ストックホルム)
トロヤ文明
ドロワ・ナチュレル(自然法)
トンガ
ドン・キホーテ
トンキン湾事件(1964年)
敦煌
トンズー運動(東遊運動)
緞帳
曇微
屯田兵
どんどろけ飯
ドン・ファン
トンレサップ湖

敦煌(東西文明の交流・シルクロード文献目録)

101011160122625  本日のBSプレミアムは「敦煌」(1988年)。井上靖の小説をもとに、11世紀の戦乱の中国でシルクロードに旅立った青年と砂漠に生きる日人々を壮大なスケールで描く歴史大作。当時、日本ではシルクロードブームに湧いていた。世界の諸地域にはそれぞれの独特の文明が発展してきたが、それらは孤立したものでなく、現代から見れば緩慢ではあるが、政治・経済・文化にわたって伝播・交流をくりかえし、互いに他地域の文明と直接・間接に関連しながら現代にいたっている。古くは石器時代末期から青銅器初期にわたる彩陶文化があげられるが、ここでは甘粛省敦煌市にある仏教遺跡「敦煌莫高窟」の事例をふりかえってみよう。莫高窟・西千仏洞・安西楡林窟・水峡口窟など600あまりの洞窟があり、その中に2400余りの仏塑像が安置されている。開掘され始めたのは五胡十六国時代の355年あるいは366年とされ、その後、元代に至るまで1000年に渡って掘り続けられた。しかし永い歳月がたって、敦煌は忘れ去られたが、1900年5月26日に王円籙が発見し、このニュースは世界中に知れ渡った。オブルーチュフ(ロシア、1905)を初めとして、スタイン(イギリス、1907、1914)、ペリオ(ランス、1908)、ウォーナー(アメリカ、1922)等が敦煌写本の大部分を莫高窟から持ち去ったのである。

 

 敦煌を経て新疆に入ると、道は3つに分かれる。天山山脈を挟んで天山北路、天山南路、そして西域南道である。タクラマカン砂漠の北をトルファン、ウルムチ、コルラ、クチャ、アクスを経てカシュガルに到る天山南路を行きユーラシア大陸を横断する。

 

新疆探検記 橘瑞超 民友社 1912
西域発見の絵画に見えたる服飾研究 原田淑人 東洋文庫 1925
敦煌石室の遺書 石浜純太郎 大阪・懐徳堂夏期講座 1925
鳴沙余韻 敦煌出土未伝古逸仏典開宝 矢吹慶輝編著 岩波書店 1930
西域文明史概論 羽田亨 弘文堂 1931
塞外民族 岩波講座東洋思潮12  白鳥庫吉 岩波書店 1935
中央亜細亜の文化 岩波講座東洋思潮14  羽田亨 岩波書店 1935
新西域記 大谷探検隊報告 全2巻 上原芳太郎編 有光社 1937
敦煌秘籍留真 神田喜一郎 小林写真製版所 1938
十三世紀東西交渉史序説 岩村忍 三省堂 1939
西康西蔵踏査記 劉曼卿著 松枝茂夫、岡崎俊夫訳 改造社 1939
西域画聚成 結城素明 審美書院 1941
ゴビ沙漠探検記 澤壽次 東雲堂 1943
古代絹街道 アルベルト・ヘルマン著 安武納訳 霞ヶ関書房 1944
支那西域経綸史 上 曾問吾著 野見山温訳補 京都・東光書林 1945
大夏と月氏 駒井義明 京都謄写版 1953
ゴビ砂漠探検記 世界探検紀行全集11 スウェン・ヘディン著 梅棹忠夫訳 河出書房 1955
西域経営史の研究 伊瀬仙太郎 日本学術振興会 1955
中国西域経営史研究 伊瀬仙太郎 :巌南堂書店 1955
東西文化の交流 アテネ文庫 伊瀬仙太郎 弘文堂 1955
古代天山の歴史地理学的研究 松田寿男 早稲田大学出版部 1956
西域 中国の名画 熊谷宣夫 平凡社 1957
敦煌 中国の名画 長広敏雄 平凡社 1957
敦煌仏教資料 西域文化研究 西域文化研究会編 法蔵館 1958
敦煌 井上靖 講談社 1959
敦煌文献研究論文目録 東洋文庫内 敦煌文献研究連絡会編 1959
東方見聞録 青木一夫訳 校倉書房 1960
ゴビ沙漠綺譚 危険を買う8000キロの旅 アーサー・ブリーン著 山崎ミドリ訳 内田老鶴圃 1961
モンゴルから中央アジアへ 坂本是忠 地人書館 1961
シルクロード 東西文化のかけ橋 長澤和俊 校倉書房 1962
ゴビ砂漠探検記 秘境探検双書 ロジェトベンスキー著 南信四郎訳 ベースボール・マガジン社 1963
ゴビ砂漠横断 ヘディン中央アジア探検紀行全集6 スウェン・ヘディン著 羽島重雄訳 白水社 1964
西域佛典の研究 敦煌逸書簡譯 宇井伯寿 岩波書店 1969
西域 グリーンベルト・シリーズ 現代教養文庫 井上靖・岩村忍 筑摩書房 1963
敦煌美術の旅 北川桃雄 雪華社 1963
敦煌資料 1 中国科学院歴史研究所資料室 大安 1963
シルクロードと正倉院 林良一 平凡社 1966
西域 世界の文化15 水野清一編 河出書房新社 1966
シルクロード踏査記 角川新書 長沢和俊 角川書店 1967
スタイン敦煌文献及び研究文献に引用紹介せられたる西域出土漢文文献分類目録初稿 非仏教文献之部 文書類Ⅱ 東洋文庫敦煌文献研究委員会 1967
海のシルクロードを求めて 三杉隆敏 創元社 1968
西域 大世界史10 羽田明 文芸春秋 1968
西域 カラー版世界の歴史10 羽田明 河出書房新社 1969
西域仏典の研究 敦煌逸書簡訳 宇井伯寿 岩波書店 1969
埋もれたシルクロード 岩波新書 V・マッソン著 加藤九祚訳 岩波書店 1970
敦煌学五十年 神田喜一郎 筑摩書房 1970
シルクロードの詩(うた) 森豊 第三文明社 1971
西域 筑摩教養選 井上靖・岩村忍 筑摩書房 1971
敦煌の文学 金岡照光 大蔵出版 1971
絲綢之路 漢唐織物 新彊維吾尓自治区博物館出土文物展覧工作組編 文物出版社 1972
敦煌の民衆 その生活と知恵 東洋人の行動と思想8 金岡照光 評論社 1972
明代西域史料 明実録鈔 明代西域史研究会 京都大学文学部内陸アジア研究会 1974
おばあさんシルクロードを走る 森村浅香 日本交通公社 1975
アレキサンダーの道 アジア古代遺跡の旅 井上靖 文藝春秋 1976
古代遊牧帝国 中公新書 護雅夫 中央公論社 1976
敦煌出土于闐語秘密教典集の研究 論説篇・賢劫佛名経と毘盧舎那仏の研究 田久保周誉著 春秋社 1976
敦煌の旅 陳舜臣 平凡社 1976
シルクロード地帯の自然の変遷 保柳睦美 古今書院 1976
シルクロードのドラマとロマン 青江舜二郎 芙蓉書房 1976
遺跡の旅・シルクロード 井上靖 新潮社 1977
西域物語 新潮文庫 井上靖 新潮社 1977
西域紀行 シルクロードの歴史と旅 藤堂明保 日本経済新聞社 1978
シルクロード探検 大谷短剣隊  長沢和俊編 白水社 1978
敦煌千仏洞 萩原正三編著 シルクロード 1978
敦煌道経 目録編 大淵忍爾 福武書店 1978
敦煌の美百選 円城寺次郎編 日本経済新聞社 1978
シルクロード史研究 長澤和俊 国書刊行会 1979
シルクロードと仏教文化 岡崎敬編 東洋哲学研究所 1979
チムール帝国紀行 クラヴィホ著 山田信夫訳 桃源社  1979
敦煌道経 図録編 大淵忍爾 福武書店 1979
熱砂とまぼろし シルクロード列伝 陳舜臣 角川書店 1979
シルクロード 全6巻 日本放送出版協会  1980
シルクロードと仏教文化 続 岡崎敬編 東洋哲学研究所 1980
シルクロードと仏教 金岡秀友・井本英一・杉山二郎著 大法輪閣 1980
シルクロードのアクセサリー 砂漠の華 並河萬里 文化出版局 1980
敦煌の自然と現状 講座敦煌1 榎一雄編 大東出版社 1980
敦煌の歴史 講座敦煌2 榎一雄編 大東出版社 1980
敦煌の石窟芸術 潘絜茲編著 土居淑子訳 中央公論社 1980
敦煌の美術 莫高窟の壁画・塑像 常書鴻ほか 大日本絵画 1980
敦煌莫高窟 全5巻 岡崎敬・鄧健吾編 平凡社 1980-1982
シルクロード・絲網之路6 民族の十字路(イリ・カシュガル) 司馬遼太郎・NHK取材班 日本放送出版会 1981
シルクロードと日本 雄山閣 1981
シルクロードの文化交流 その虚像と実像 大庭脩編 同朋舎 1981
西域 人物と歴史 教養文庫 井上靖・岩村忍 社会思想社 1981
西安から敦煌へ シルクロード今と昔・上 車慕奇 小学館 1981
敦煌の絵物語 東方選書8 金岡照光 東方書店 1981
日本に生きるシルクロード 仏教・音楽・風俗の源流を訪ねて 鎌田茂雄ほか 廣済堂出版 1981
熱砂の中央アジア ユーラシア・シルクロード1 加藤九祚・加藤久晴 日本テレビ放送網 1981
魅惑のシルクロード(講談社ゼミナール選書) 長沢和俊ほか 講談社 1981
わたしのシルクロード NHK編 平山郁夫ほか 日本放送協会 1981
海のシルクロード 絹・香料・陶磁器 藤本勝次ほか 大阪書籍 1982
シルクロードと日本文化 森豊 白水社 1982
シルクロードに生きる  踏査記録 森田勇造 学習研究社 1982
西域美術1~2 敦煌絵画 大英博物館スタイン・コレクション ロデリック・ウィットフィード 上野アキ訳 講談社 1981
シルクロードの化粧史 シルクロード史考察18  森豊 六興出版 1982
トルキスタンへの旅 岩波新書 タイクマン著 神近市子訳 岩波書店 1982
敦煌莫高窟壁画 中国の文様3 上海人民美術出版社 美乃美 1982
敦煌石窟 美とこころ 田川純三 日本放送出版協会 1982
敦煌石窟 敦煌文物研究所編 鄧健吾文 平凡社 1982
敦煌石窟寺院 世界の聖域別巻2 柳宗玄、金岡照光 講談社 1982
敦煌の風鐸 常書鴻著 秋岡家栄訳 学習研究社 1982
果物のシルクロード 城山桃夫 八坂書店 1983
シルクロード踏査行 長沢和俊 くもん出版 1983
シルクロードの文化と日本 長沢和俊 雄山閣 1983
敦煌書法叢刊 全29冊 拓本 饒宗頤編 二玄社 1983-84
敦煌禅宗文献の研究 田中良昭 大東出版社 1983
敦煌・西蔵・洛陽 美と愛の旅1 瀬戸内寂聴 講談社 1983
シルクロードの風 カメラ紀行 平山美知子写真、平山郁夫挿画 読売新聞社 1984
西域紀行 旺文社文庫 藤堂明保 旺文社 1984
敦煌を語る 池田大作 角川書店 1984
アジアの奥地へ(西域を行く) 上 ユーリ・レーリヒ著 藤塚正道・鈴木美保子訳 連合出版 1985
シルクロードの謎 前嶋信次 大和書房 1985
塞外民族史研究 上下 白鳥庫吉 岩波書店 1986
三蔵法師の旅を旅する 杉本茂春 編集工房ノア 1986
.シルクロード考古学  全4巻 樋口隆康 法蔵館 1986
西安からカシュガルへ 旺文社文庫 長沢和俊 旺文社 1986
敦煌物語 中国の都城3 集英社 1987
敦煌資料による中国語史の研究 東洋学叢書 高田時雄 創文社 1988
敦煌・吐魯蕃発見社会経済史料集3(全2冊) 東洋文庫編 汲古書院 1988
ならシルクロード博覧会公式ガイドブック 財団法人なら・シルクロード博協会 1988
私のシルクロード 細呂木千鶴子著 大阪書籍 1988
流砂の楼蘭 玉木重輝 白水社 1988
敦煌の伝説 上下 陳鈺編 東京美術 1989
シルクロードの謎 光文社文庫 町田隆吉 光文社 1989
敦煌の文学文献 講座敦煌9 金岡照光編 大東出版社 1990
敦煌仏教の研究 上山大峻 法蔵館 1990
シルクロードの開拓者 張騫 田川純三著 筑摩書房 1991
西域 後藤正治写真集 日本カメラ社 1992
西域仏跡紀行 井上靖 法蔵館 1992
漢代以前のシルクロード 川又正智 雄山閣 2006
図説シルクロード文化史 ヴァレリー・ハンセン著 田口未和訳 原書房 2016
ユーラシア文明とシルクロード ペルシア帝国とアレクサンドロス大王の謎 山田勝久、児島建次郎、森谷公俊 雄山閣 2016
シルクロードに仏跡を訪ねて 大谷探検隊紀行 本多隆成 吉川弘文館 2016

 

 

 

 

うるう日

 西暦年数が4で割り切れる年がうるう年。ただし100で割り切れる年は平年だが、400で割り切れる年はうるう年。うるう年の2月28日の次の日がうるう日。いきものがかりの吉岡聖恵(1984年生まれ)は本日4年に一度の誕生日を迎えた。40歳です。

ニンニク

5113035909 2月29日は「ニンニクの日」。ニンニクの生産量日本一の青森県田子町(たっこまち)が実施。漢字で「忍辱(ニンニク)」と書くのは、僧が仏教でこれを食することを禁じられていたので隠して忍び食ったところからの称である。古代から自生し、「ニニク」といった。「ニ」は二ホヒ(匂)で、「ニク」はニクム(嫌)の略である。徳川家康は好物としていた。その武将、本多忠政も食べた。関東・九州・愛知・鹿児島ではヒル、関西ではロクトーという。

 

 

2024年2月28日 (水)

千利休死因の諸説

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   千利休画像 表千家蔵

 茶人・千利休の天正19年の忌日。利休が豊臣秀吉によって処罰され、切腹を命ぜられた原因については、古来からさまざまな異説が唱えられている。ながでも有名なのが、利休の娘が秀吉から側室に所望されたが、これを拒絶したために、秀吉の怒りに触れたとする説である。天正17年2月のこと。豊臣秀吉が京都の東山に鷹狩に出かけ、黒谷のあたりを通りかかると、花見の帰途らしく、30余りの年ごろの女房が、乗り物を供のものに持たせ、幼子を三人と男女のもの10人ばかりを連れて歩いて来るのに出会った。秀吉はその女房の美しさに心をうたれて、「何者の妻女であるか」といって、供の家来に尋ねさせると、「千利休の娘で、万代屋の後家である」と言上した。秀吉は彼女のもとに使者をつかわし、「聚楽第へ奉公に出頭せよ」と命じた。しかし、「幼少の子どもがたくさんいるので、ご容赦くだされたい」と、辞退してきた。そこで秀吉は、京都奉行の前田玄以を、かの女房の父、利休のもとにつかわし、娘を奉公を出すように命じた。すると利休は、「わが娘をご奉公に出したのでは、利休めは何事も娘のおかげでしあわせがよいのだと、人びとに評判される。そんなことでは、これまでの佳名も水泡に帰する」と、覚悟を決め、秀吉の申し出をきっぱりと拒絶した。それでも、秀吉は三度まで執拗に娘を所望してきた。しかし、利休がついに承諾しないので、秀吉は、利休のことを深く憎んだ。が、このようなことで利休を罰したのでは、人のうわさもどうかと、秀吉も考慮し、さすがに思いとどまっていた。しかし秀吉は、もしも利休に何か過ちがあったならば、それを好機に誅伐しようと、心中に考えていた。だから、大徳寺山門の金毛閣に利休が雪見している姿の木像を安置したことを知ると、さっそく、そのことを罰状として、利休を処罰した、というのである。   千利休には、千紹二の妻、石橋良叱の妻、万代屋宗安の妻、三人の娘がいた。この秀吉と利休の娘の事件は、次女であるとも、末女であるともいわれ、はっきりしない。海音寺潮五郎の「天正女合戦」や今東光「お吟さま」では、利休の娘は「お吟」となっている。つぎに、利休がキリシタンであり、改宗しなかったため、秀吉に処罰されたという説がある。また、利休が秀吉の朝鮮出兵に反対したためとする説もある。(2月28日)

 

 

あめゆきさんの歌・山田わか

Photo_2     婦人問題評論家・朝日新聞女性相談欄の担当などで知られた山田わか(1879-1957)は、明治12年12月1日、神奈川県三浦郡久里浜村の貧農、浅葉弥平治とミヱの三男五女の8人兄弟の4番目・三女として生まれた。明治23年久里浜尋常小学校を卒業し、17歳の時、同郡横須賀町小川の荒木七治良と結婚するが離婚。生家の苦境を支える兄を助けようと上京するが、途中、横浜で女衒に騙されてアメリカ、シアトルに売り飛ばされる。アラビアお八重の名で明治38年、26歳まで「あめゆきさん」となっていた。

 

    しかし、「新世界新聞」の記者であった立井信三郎に助けられて娼館を脱出し、サンフランシスコの手芸教室に逃げる。この手芸教室は性の奴隷から救出された日本人女性の自立のために坂部多三郎が開いていたところだった。坂部はキリスト教徒長老派教会娼婦救済施設キャメロンハウスに浅葉わかを匿った。坂部は、わかを追いかけてきたが、立井は引き渡さなかった。わかの裏切りを知った立井は坂部の目の前で服毒自殺をする。

 

   傷心のわかはキリスト教に入信する。山田英学塾に入り、塾長で社会学者の山田嘉吉に出会う。やがて二人は結婚し、サンフランシスコで永住しようと誓う。ところがサンフランシスコ大地震が1905年4月18日、二人を襲った。家と蔵書をすべて失った二人は、帰国を決意する。山田嘉吉41歳、わか27歳であった。

 

   帰国後、嘉吉は東京四谷に外国語を教える私塾を開く。社会主義者や婦人運動家が集まった。わかはエレン・ケイ(1849-1926)の母性尊重主義を紹介し、大正期の婦人解放思想に大きな影響を与えた。大正8年「女、人、母」(森江書店)、大正9年「恋愛の社会的意義」(東洋出版社)「愛と生活と」(三徳社)「社会に額づく女」(耕文社)、大正11年「家庭の社会的意義」、昭和3年「現代婦人の思想とその生活」(文教書院)、昭和7年「新輯女性読本」(文録社)と精力的に刊行した。こうした努力が結実して、昭和12年には母子保護法が成立した。

 

    小学校しか出ていない娼婦が、帰国後、婦人解放運動や社会事業家になるという驚くべき人生であるが、もちろん夫の山田嘉吉の影響が大きいであろう。山田嘉吉(1865-1934)は、明治18年に渡米。皿洗い、農夫、土工、船員、コックなどしながら、勉学に励んだ。わかは嘉吉と結婚したとき「3000冊以上の洋書があった」と回想している。四谷の自宅の地下書庫は書物であふれ、いつも丸善への書籍代の支払いに追われた。山田は語学の天才でほとんどの外国語に通じ、哲学、医学、社会事業にも造詣が深く、すべて書物のみの独学であったらしい。大杉栄も塾生としてフランス語を山田から学んだといわれる。 (参考:山崎朋子「あめゆきさんの歌」)

 

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唐賽児の乱

 明初の1420年、山東で唐賽児の乱が起きる。彼女は若い頃から仏教に帰依し、夫の死後は白蓮教的な妖術を身につけ、尼僧となってみずから仏母と称し、その信徒は数万に達した。その勢力の拡大を恐れた官憲は彼女を捕らえようとしたため、ついに民衆を率いて蜂起した。山東各地で信徒、農民がこれに呼応して反乱に参加した。3ヶ月後にようやく鎮圧された。しかし唐賽児の行方はわからず、ついに彼女を捕らえることはできなかった。彼女の捜索のために、北京の尼や天下の出家した婦人が逮捕され、その数は数万人に及んだという。また、伝説によれば、唐賽児はいったん捕らえられた、斬にあったが刃が体に入らず、獄につながれたが鎖が自然に解け、逃れ去ったといわれている。参考:「唐賽児の乱始末記」古田敬一著 汲古書院 2003年

 

マダガスカルの歴史

  アフリカ大陸の南東、インド洋西部に位置する島としては世界第4位の面積を持つマダガスカル島。この島には、約2000年前からインドネシアと東アフリカの船乗りたちがカヌーに乗って移住してきた。インド洋は中世初期にインドネシア人とインド人によって盛んに航海が行われており、現在の住民構成にもその跡を残している。9世紀からはアラブのイスラム教徒がアフリカ東海岸にも移民していた。南東岸では彼らは先住民、特にアンテモロ族と混血していった。北西岸にはいくつかの大きなアラブ植民地があり、アノロツェンガナ、マジュンガその他の港を支配し、その固有の風俗を保持していた。17世紀初めのおもな王国はアンテモロ、アンテサカ、ベツィレオ、ならびにメリナであったが、いずれもまだ小地域を支配するにすぎず、メリナ族はタナナリブ周辺を支配するだけであった。18世紀の末にはアンバリアナムボイニメリナ(在位1787-1810)という英雄が現れ、分裂していたメリナ王国を統一した。しかし19世紀になるとフランスからの攻撃を受け、やがてメリナ王国は衰退の道をたどる。1897年2月28日フランスはマダガスカルを占領し、メリナ王国の最後の国王ラナヴァルナ2世は退位した。ライニライアリヴニ首相はアルジェへ追放され、同年没した。1946年までフランス植民地であり、58年までフランス連合内の海外領土。それ以後はフランス共同体に属する一国となった。1960年6月26日マダガスカル共和国として独立する。フィリベール・ツィラナナが初代大統領となった。

島原の乱終わる(1638年)

Martyres20japonenses20802   肥前島原・天草地方は、寛永11年以来凶作続きであったが、農民は島原領主松倉氏や天草領主寺沢氏の厳しい年貢取立てに苦しめられた。年貢未納者には「蓑踊り」「倒吊り」などの苛酷な処刑が行われた。寛永14年(1637年)10月25日、農民の怒りが爆発し一揆となった。島原・天草のキリシタン農民は、代官・林兵左衛門を殺し、神社仏閣を焼き、島原城下に放火して藩主松倉重政の居城を襲撃した。板倉重昌の率いる幕府軍と城代三宅藤兵衛らが約4万の一揆軍と戦うが敗死する。だが4か月後の寛永15年2月28日、武器・兵糧がつきた原城は陥落し、16歳の益田時貞も戦死した。幕府の戦後処理はきわめて厳しいものとなった。捕虜は婦女子を含めてすべて斬罪。一方、乱の原因をつくった島原藩主松倉勝家は改易、斬罪。唐津藩主寺沢堅高は天草を没収されるが、この裁定を不満としてのちに自害、御家断絶となる。幕府はこれを機にさらに禁教を強化した。

2024年2月27日 (火)

ローカル路線バス乗り継ぎの旅

 

  路線バスのみを利用して目的地を目指す旅番組。そもそもローカル路線バスのルートは地元で暮らす人のための生活の足であり、病院、ショッピングセンター、学校などエリアを巡回するコースなので他の自治体へ抜けるのには適していないことが多い。路線バスのみを乗り継いで数県を移動するのは意外と難しい。初期の回のほうが、素朴な地元のふれあいがあって楽しい。第8弾京都から出雲のコース(2011年)では、亀岡に行く途中、バスを降りて桂離宮をめざす。結局、予約制なので参観できず大きなロスタイムとなった。初期の頃は、太川もまだ甘かった。

今回も太川陽介、蛭子能収、ちはる3人が千葉県館山から福島県会津若松に挑む。ルールは次のとおり。3泊4日でゴールする。高速バス、タクシー、自転車、ヒッチハイクなどは禁止。携帯電話、スマートフォンで情報を得てはいけない。現地で質問した相手がインターネット等で調べることは制約はないらしい。

   今回の運命の時は、3日目、烏山駅から西那須野駅への移動のときであった。バスの運転手から「西口から乗るのがよい」とアドバイスを受けたのに、「石橋を叩いてわたる」といい、東口のバスで確認していたため、時間を費やし、バスに乗り遅れた。その夜は栃木県泊に終わり、翌日午前11時発の初便まで大幅なタイムロスとなる。もし間に合っていれば、3日目までに福島県入りして、無事ゴール出来ていた可能性が高い。郡山には4日目夜に着くも、あと60㎞先の会津若松へは高速バスしかなく、路線バスでは時間内に着くのは不可能という結果となった。リーダー太川の判断ミスだが、おそらく新春早々、がっかりしておられる視聴者も大勢いるだろう。

3日目、16:10分の黒磯行のバスに巧く乗れた場合。17:12黒磯駅17:30→18:33追分。

4日目、追分→徒歩→白河の関7:15→7:47白河駅前9:50→10:33石川駅前→12:44須賀川14:10→14::42郡山駅前14:45→15:37裏磐梯ロイヤルホテル17:10→18:20喜多方18:40→19:22若松駅前。

相当な強行軍だがなんとか到着できるようである。

 

棠陰比事

   棠陰比事(とういんひじ)。中国の裁判に関する書物。宋の桂万栄の著作。古来の裁判事件のうちで興味深く、また裁判官の心得となるべきもの144件を4字の韻文によみあらわし、2句ずつ72韻に編成したものである。井原西鶴の「本朝桜陰比事」をはじめ、江戸時代の文学に影響を与えた。講談本の大岡政談の三方一両損の話などにも棠陰比事が借用されている。棠棠

 

宝暦治水事件(1754年)

 宝暦4年のこの日、幕府から命じられた薩摩藩が、木曽川の治水工事に着手した。翌年完成するが、藩士52名が指揮を執る幕府への講義で自害、33名が病死した。薩摩藩家老の平田靱負も翌年自害する(一説に病死)。宝暦治水事件は幕末の薩摩による倒幕運動の伏線とする見方もあるが、近年の研究によると、薩摩藩士の切腹などは史料性に乏しく、誇張と作為とする説もある。(2月27日)

 

女性雑誌の日

20101115_2089246     雑誌の休刊・廃刊が相次いでいる。近年はインターネットの普及で雑誌の愛読者が減少し、出版社は経営難で存続の危機にある。お宝鑑定団で週刊テレビガイドを創刊から収集している人がいた。テレビ番組表などは一般には放送が済めば無価値に等しいが、テレビ史を研究する者には一級資料であろう。コレクションとしては、あまり経済的負担なしにユニークなコレクションができるであろう。ただし現在のように多チャンネル時代になり再放送ばかりとなって、テレビ番組表を保存する価値があるや、なしや、意見の分かれるところであろう。

Cd02aad5s   本日は「女性雑誌の日」。1693年のこの日、ロンドンで世界初の女性向けの週刊誌「ザ・レディズ・マーキュリー」が創刊された。日本では明治17年、婦人雑誌「女学新誌」が最初である。翌年「女学雑誌」が出た。続いて明治20年「以良都女(いらつめ)」、徳富蘇峰の明治25年9月25日創刊の「家庭雑誌」が有名である。内容は男性目線の「家庭」と「良妻賢母」である。明治44年平塚らいちょうによって「青鞜」が、大正5年に「婦人公論」が出された。これらは女性の地位の向上と女性解放を目的としていた。こうした流れに対して、明治41年に羽仁もと子が「婦人之友」を創刊し、新しく家庭生活の改善など実用性を前面に打ち出して成功したのが明治43年創刊の「婦女界」であった。以後、大正6年に「主婦之友」、大正9年に「婦人倶楽部」が創刊された。戦後、女性誌の普及は一般雑誌をしのぐほどになる。昭和45年に創刊した女性ファッション誌「an・an」。雑誌名の由来は、当時ロシアのモスクワ動物園にいたパンダ「アンアン」からとった。なぜパンダの名前が雑誌名になったかというと、当時an・an編集部のスタッフが、黒柳徹子からはじめてパンダという動物の存在を知らされたから。「ロシアにパンダという動物がいて・・・」と黒柳の話を聞いて感銘を受けたことから、雑誌のタイトルを「an・an」に決めたという。(2月27日)

 

 

 

 

2024年2月26日 (月)

脱出の日

Elba  ナポレオンがエルバ島を脱出し、パリに向かった日。これに因んで、嫌な事、辛い事などから脱出を目指して頑張る日。1814年3月31日、フランスはライプツィヒの戦いに敗れてパリが陥落した。ナポレオンはフランス皇帝からの退位宣言に署名させられて、5月3日エルバ島の小領主として追放される。エルバ島はイタリア半島中西部に位置する面積224k㎡の小島。「すみれの花咲くころにはパリに戻ってくる」と言い残していた。戦後処理会議としてウィーンで国際会議が開かれた。会議にはヨーロッパ中の2帝国・90王国・53公国から代表が集まった。接待役オーストリアのリーニュ将軍の「会議は踊る、されど進まず」の言葉どうりに紛糾が続いた。1815年2月26日、ナポレオンは100人の兵士とともにエルバ島を脱出した。3月1日、カンヌ付近に上陸したのち、敵との遭遇を避けるため、険しいアルプスを越えてパリまで進軍した。3月になるころには、ウィーン会議は決裂寸前の状態まできていた。そして3月7日、ナポレオンがエルバ島を脱出したという情報が届いた。列国は数週間のうちに和解を進め、力を合わせてナポレオンと戦うことを約束した。一方、ナポレオン軍は、ナポレオンを攻撃するために差し向けられた兵隊たちも加わって、しだいに膨らんでいった。そして3月20日、ナポレオンはパリに到着し、熱狂的な歓迎を受けた。 ナポレオンの「百日天下」が始まる。

 

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二・ニ六事件

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反乱軍は赤坂の山王ホテルを占拠し、司令部にしていた

 

    ニ・ニ六事件を起こした将校たちは「陸軍歩兵大尉野中四郎外同志一同」の名をもって「蹶起趣意書」を遺している。そこには「万民の生々化育を阻害して塗炭の痛苦に呻吟せしめ」ている「元老重臣軍閥官僚政党」の「君側の奸臣軍賊を斬除して」「彼の中枢を粉砕する」とある。この実現のため軍隊組織を最大限に動かし、兵器・弾薬を使用して決行したクーデターがニ・ニ六事件(昭和11年)である。

    それは昭和5年ごろから、軍人や国家主義者は、クーデータを計画し、暗殺を決行した。その主な事件は次のものである。

浜口雄幸狙撃事件(昭和5年11月14日)決行

三月事件(昭和6年2月~3月)          未遂

十月事件(昭和6年9月~10月)        未遂

満州事変(昭和6年9月18日)           決行

血盟団事件(昭和7年2月、3月)      決行

五・一五事件(昭和7年5月15日)      決行

神兵隊事件(昭和8年1月~7月)    未遂

相沢事件(永田斬殺事件)(昭和10年8月12日) 決行

  そして昭和11年2月26日の複数の場所への一斉襲撃が、革新運動の最後・最大の事件であった。前夜から降り始めた雪は、東京で実に30年ぶりという大雪となり、その中を、第一師団隷下の歩兵第一、第三連隊の将校、兵を主力とする約1400名の兵士が決起した。岡田啓介首相、斉藤実内大臣、高橋是清蔵相、鈴木貫太郎侍従長、渡辺錠太郎教育総監の公邸、私邸を襲撃。河野大尉の一隊は湯河原の旅館に牧野伸顕前内大臣を襲った。いわゆるニ・ニ六事件である。

   参謀本部は、佐倉、甲府、高崎の連隊、約7000で叛乱軍を包囲し、説得を続けた。28日、天皇の奉勅命令が出されるや、反乱軍は降伏した。反乱軍を指揮した将校たちへの軍法会議は一審制、非公開、弁護士なし、であった。北一輝など民間人を含む19名の死刑、将校下士官は無期禁錮などに処せられる厳罰が下された。荒木貞夫、真崎甚三郎大将を頂点とする皇道派はここに壊滅し、陸軍はこの事件のもたらした脅威を最大限に利用して日本ファシズム体制を完成し、日本の全権力を握って、戦争へと突入していくのである。

2024年2月25日 (日)

もみじおろし(「モ」事項索引)

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[  も ]

   フランス南西部モアサックにあるベネディクト派の付属教会サンピエール修道院はタンバンの彫刻や回廊がロマネスク様式の傑作として、世界遺産に登録されている。▽「モシチェワヤ・バルカ」北西コーカサス・クバン河上流にある7世紀ササン朝時代の遺跡。絹織物の生産地。▽「牧谿」生没年不明。13世紀後半、宋末元初の水墨画家。▽「モノモタパ王国」14世紀から18世紀にかけてアフリカのジンバブエを中心に繁栄した黒人王国。黄金の国として早くからヨーロッパでその名が知られた。▽「もみじおろし」大根おろしに唐辛子を合わせたもの。▽「モラヴィア王国」9世紀頃、現在のスロヴァキア地方を中心にモイミール1世(在位830-846)がモラヴィア王国を統一した。▽「モリル法」米国において、農業大学設立のために各州に公有地を与えた法律。1862年、ジャスティン・モリルの提唱により成立したので、この名で呼ばれる。▽「モンケ・ハン」モンゴル帝国第4代のハン。(もももも)

モアサック旧修道院
モアラ諸島(フィジー)
モイレングラハト法
猛安・謀克
毛越寺(もうおつじ) 平泉
蒙古
毛細管現象
孟子
毛沢東
孟達
燃えつき症候群
虎落笛
木版印刷術
木曜島(オーストラリア)
モザイク壁画
モサデグ
モシチェワヤ・バルカ
文字
文字の獄
モスク
モスクワ
モスクワ大公国
以仁王(もちひとおう)
モーツァルト
木簡
牧谿
本居宣長
モナ・リザ
モネ
モノモタパ王国
もみじおろし
物部麁鹿火
物部守屋
桃栗三年柿八年柚の大馬鹿十八年
モユルリ島(北海道根室)
モヨロ貝塚
モラヴィア王国
モラトリアム(執行猶予令)
モリエール
森鴎外
森友学園問題
モリブデン
モリル法
モルヴィッツの戦い
モルガルテンの戦い
モールス
モルジブ
モルドヴィン族
モルモタパ王国
モルモン教
モロゲエビ
モロ族
モロッコ
モンケ・ハン
モンゴル
モンゴルジン姫
モン人
モンタニャール(山岳)派
モンテ・カシノ
モンテ・コルヴィノ
モンテスキュー
モンテーニュ
モンバサ
モンブラン(山)
モンロー主義
モンロー宣言

 

 

チャップリン「スマイル」

Photo    1936年のこの日、喜劇王チャールズ・チャップリンの映画「モダン・タイムス」がアメリカで公開された。チャップリンの映画は音楽もすばらしい。「ラ・ヴィオレテラ」(街の灯)、「テリーのテーマ」(ライムライト)、「スマイル」(モダン・タイムス)などスタンダードな曲。なかでも「スマイル」はもの悲しいメロディーのなかに明日への希望が感じられ、永く多くの人々に愛されてきた。映画は、オートメーションと機械文明の将来をいちはや憂い、人間性の喪失の危機を警告していた風刺性も鋭い。機械に操られているチャップリンのパントマイム芸術も絶妙。「スマイル」はインストゥルメンタルのみだったが、1954年にナット・キング・コールが歌詞付で歌ってヒットした。以後、マイケル・ジャクソンはじめ多くの歌手によってカバーされている。またマントヴァーニ・オーケストラなどイージーリスニングとしても定番の曲である。この曲は近年フィギュアスケートの浅田真央や織田信成選手のエキシビション使用曲となり若い人も知るようになった。

  これまでに「スマイル」をカバーした主なミュージシャンは、ペトゥラ・クラーク、ニール・セダカ、スキータ・ディヴィス、ペリー・コモ、ジュディ・ガーランド、トニー・ベネットなど。希望がみえない日々で苦しい毎日、力がもらえる前向きな楽曲としてお勧めしたい。(2月25日)

 

 

 

 

2024年2月24日 (土)

直木三十五の速筆

Photo     直木三十五は大正・昭和期に活躍した大衆小説家。代表作は「南国太平記」。没後その功績をたたえ直木賞が制定された。直木賞はエンタメント系の作品に与えられ、近年は、葉室麟(第146回)、辻村深月(第147回)、朝井リョウ(第148)、安部龍太郎(第148回)、桜木紫乃(第149回)、朝井まかて、姫野カオルコ(第150回)、黒川博行(第151回)、西加奈子(第152回)、東山彰良(第153回)、青山文平(第154回)、荻原浩(第155回)、恩田陸(第156回)、佐藤正午(第157回)、門井慶喜(第158回)、島本理生(第159回)、真藤順丈(第160回)、大島真澄(第161回)、川越宗一(第162回)、馳星周(第163回)、西條奈加(第164回)、佐藤究(第165回)、澤田瞳子(第165回)、今村翔吾(第166回)、米澤穂信(第166回)、窪美澄(第167回)、小川哲(第168回)、千早茜(第168回)、垣根涼介(第169回)、永井紗耶子(第169回)、河崎秋子(第170回)、万城目学(第170回)がそれぞれ受賞している。

    現在の作家はパソコンやワープロで原稿を書くだろうが、むかしはペンが一般的な筆記用具であった。もちろん万年筆という高級な筆記用具もあるが、貧乏な文士は「つけペン」が主流である。芥川龍之介の原稿の字の小さいのは知られているが、それよりも久保田万太郎が小さく、直木三十五はさらに細かくで細い字を書く。それに速筆である。普通の人は1日に400字詰原稿用紙10枚程度だが、直木は1日に60枚は書いた。銅色のGペンをペン軸に差し込み200字詰の原稿用紙に書く。その無理がたたって昭和9年2月24日、43歳の若さで死んだ。

やはりプロ野球は厳しい世界だ

 オープン戦もたけなわ。沖縄で巨人は二戦連続の大勝。とくに若手選手の活躍が光った。だが阿部新監督の表情は憮然としたもので、チームの欠点が見えたようだった。「状況を何も考えずにプレーしている選手がいる」とインタビューで語った。ネットでは注意するなら公にいうのでなく、個人に言えばいい、という声もあるが、やはり期待が多いあまりそういう発言をしたのだろう。巨人は人気球団なのでファンの反応も大きいが、常勝球団の宿命ともいうべきプロの厳しさを感じる。たしかに秋広選手はまだ甘いところがあるようだ。明日から監督の叱責を心に刻みプレーに励んでほしい。

 

島倉りかタイム

 NHKのど自慢チャンピオン大会。「長崎の鐘」ご高齢なのにとてもいい声で歌っていた。みんな上手いなあ。同じ時間帯にテレ朝チャンネル1でBEYOOOOOONDS12時間生放送。島倉りかは昭和歌謡ベスト10曲をカラオケで歌いまくる。「あなた」「タッチ」「グッバイマイラブ」「卒業」「木綿のハンカチーフ」「時の流れに身をまかせ」「マドンナたちのララバイ」「夢で逢えたら」「スマイル・フォー・ミー」「僕たちの失敗」リクエスト曲「蒼いフォトグラフ」「スイート・メモリーズ」。 

英語になった日本語

 芸者や寿司、すき焼きが海外で日本語のまま通じるのは有名ですが、その他にもいろいろな言葉があります。

Tempura(天ぷら)  

Emoji(絵文字)

Bento(弁当)

Anime(アニメ)

Origami(折り紙)

Karate(空手)

Panko(パン粉)

Kawaii(カワイイ)

Mottainai(もつたいない)

Omotenashi(おもてなし)

Bonsai(盆栽)

Ninja(忍者)

Zen(禅)

Sumo(相撲)

Kabuki(歌舞伎)

Noh(能)

 

 

  

まぼろしの配役

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   1939年に製作されたミュージカル・ファンタジー「オズの魔法使い」は、当時無名だった16歳のジュディ・ガーランドを一躍スターダムにのし上げた。しかし、企画されていた当初は、天才子役の名をほしいままにしていたシャーリー・テンプルを主演にするつもりでいた。が断られ続けしかたなくジュディー・ガーランドが抜擢されての主演となり、作品は大ヒット。一方、10歳で年収100万ドルだったテンプルは、後世に代表作を残せないまま、その後23歳で引退した。 

 

   ハンフリー・ボガートの「カサブランカ」も当初はロナルド・レーガンやジョージ・ラフトが企画されていたし、ジェームズ・ディーンの「エデンの東」もモンゴメリー・クリフトだった。ぺ・ヨンジュンの「冬のソナタ」は最初リュ・シュウォンを主演するつもりであったが、多忙のため断った。もしリュ・シュウォンが受けていたら、韓流ブームはなかったかもしれない。

 

 

2024年2月23日 (金)

富士山と日本人

 本日は天皇誕生日であるが「富士山の日」でもある。富士山と天皇とはいかにも日本的である。富士山は古くから日本人のあこがれや信仰の対象として親しまれてた美しい山である。ある照明装置の会社が富士山のライトアップを計画したところ、反対の意見が多数寄せられた。霊峰富士山はすべての日本人がそこに回帰する心のふるさと、信仰の対象なのである。また外国人からみてもフジヤマは日本の象徴なのだ。戦時中、富士山をペンキで赤く染める作戦がたてられていたそうだ。ダウンフォール作戦という。富士山の姿をかえることで、日本人の戦意を失わせようと考えたから。ところが、とんでもないペンキの量と、ペンキを運ぶ飛行機が必要とわかり、作戦は中止となった。

  これまで、数多くの文人・画家・武人から一般の庶民にいたるまで、あらゆる階層の人びとが富士を語り、作品に表現している。だがなぜ日本人は富士山を三峰に描くのだろうか。実際にはほとんど三峰には見えない。藤原成一は「三峰に富士山が描かれた場合は、これは普通の絵ではなく、聖なる絵、聖画といっていい」と言う(NHK「美の壺」276)。鎌倉時代には山頂が三峰に分かれた三峰型富士の描写法が確立された。室町時代に描かれた「富士曼荼羅図」は現存する最初の三峰型富士である。仏の三尊様式にのっとって、薬師如来、阿弥陀如来、大日如来の姿が象徴されている。(参考:天野紀代子・澤登寛聡編「富士山と日本人の心性」)  Operation Downfall、2月23日

 

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金印が志賀島で発見される

   天明4年(1784年)のこの日、福岡県の志賀島で農民甚兵衛が、福岡藩の郡役所に田から掘り出したという金印を持参、口上書とともに提出した。金印は後漢初期の一寸にあたる約2.3㎝四方、重さ109g、少量の銅を含む21金で、「漢委奴国王」の5文字が刻まれている。これは、西暦57年に「倭奴国」が後漢に朝貢し、皇帝である光武帝から「印綬」を賜わったという後漢書東夷伝の記事と照応する。2月23日

堺事件

慶応4年のこの日、堺事件の土佐藩士が妙国寺で処刑される。堺事件とは同年2月15日に堺港で起きた土佐藩士による攘夷事件。仏水兵11人が死亡した。(2月23日)

 

 

グーテンベルク「ワインと印刷」

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 1455年のこの日、グーテンベルクが「グーテンベルク聖書」の印刷を開始した。アメリカの書誌学者ダグラス・C・マクマートリーは「人類の文化史上、重要さの点で活版印刷術の発明に勝る大きな出来事はない」と言い、イギリスの評論家トーマス・カーライルは「近代文明における偉大な3要素は、火薬と印刷と新教徒の宗教である」と言っている。

  長い間いろいろな説があったが、今日では、ドイツの金属職人ヨハネス・グーテンベルク(1399-1468)を印刷術の発明者とするに異議をはさむ者はほとんどいない。グーテンベルクが発明した印刷機は、オリーヴやブドウの搾り機からヒントを得て、木製の平圧式印刷機を作った。金属の活字にインクを付け、紙に押しつける、この技術がブドウ搾り機によく似ている。その実用化は一般に1445年頃とされる。これを企業化させたのは、ヨハン・フスト(1400-1466)とペーター・シェッファ(1430頃-1503)で、彼らはグーテンベルグから未完のまま引き継いだ「グーテンベルグ42行聖書」(1455年刊)を完成させ、「聖詩篇」(1457年刊)、「48行聖書」(1462年刊)、その他数多くの書物を刊行した。(2月23日、Johannes Gutenberg)

 

 

2024年2月22日 (木)

まぼろしの邪馬台国、九州説と大和説

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 崇神天皇の大叔母で卑弥呼に擬される倭迹々日百襲姫命を葬った箸墓古墳(奈良県桜井市)

 

   むかし森繁久弥が盲目の作家・宮崎康平(1917-1980)を舞台で演じていたのをテレビで見た記憶がある。大映テレビ制作のドラマ「少女が大人になる時」(1984年)で法学部学生の清二(金田賢一)は「実は歴史が好きで、邪馬台国は九州にあったと思う」というシーンがある。近年も竹中直人・吉永小百合で映画化されている。ところで火野葦平(1907-1960)の短編小説「島原半島」(昭和28年4月別冊文芸春秋32号)を読んでいると、島原半島を愛した盲目の詩人・鳥井浩一は宮崎康平をモデルにしているように思える。二人は「九州文学」を通じて知り合いになった。「まぼろしの邪馬台国」はベストセラーとなった。1989年2月22日、佐賀県・吉野ヶ里遺跡が発で国内最大級の弥生時代後期の環濠集落が発掘され、佐原真(奈良国立文化財研究所)は物見やぐらが魏志倭人伝の楼観をうかがわせると述べた。朝日新聞は「吉野ヶ里の楼観に立てば邪馬台国が見える」と報道した。100万人の見物客で吉野ヶ里ブームが起こり、一時期、九州邪馬台国説が優勢であるかに思えた。しかし、近年の考古学的調査により、奈良県の箸墓古墳が卑弥呼の墓であることがきわめて有力となり、大和説を唱える学者が主流を占めている。2014年、国立歴史民俗博物館では放射性炭素による年代測定法に独自のデータによって補正を加えた結果、箸墓古墳が築造されたのは、西暦240~260年頃とする結果を発表した。これは247年に死亡したと推定される卑弥呼の死亡時期と合致する。春城秀爾は、卑弥呼は生前に築造を始め、死亡時に大部分は完成していたと推測している。2010年には纏向遺跡で卑弥呼の宮殿跡とみられる建物跡や大量のモモの種が発見された。「魏志倭人伝」では卑弥呼が倭国を鬼道で支配したとあり、祭祀の痕跡とみられる。道教の神仙思想ではモモは不老不死や魔除けの呪力があるとさる。2003年には唐古・鍵遺跡(奈良・田原本町)から、大規模な集落跡が発見され、幾重にも「環濠」が巡ったとみられる。今回の発見でさらに纏向地域を中心とする地域が邪馬台国と関連する説が有力となった。「魏志倭人伝」で倭国のクニがみな九州にあり水行十日・陸行一月で近畿の大和に話が飛ぶのは、いかにも不自然なので、最近では「魏志倭人伝」の記述は北九州に限定的に言及したものと捉えるのが自然とみられる。つまり卑弥呼の邪馬台国は九州にあった倭国の連合政権で、北九州の地方政権と近畿の大和に存在した中央政府と二大勢力が対立していた構図も唱えられている。(参考:水野正好・白石太一郎・西川寿勝「邪馬台国」)

 

 

 

 

レンタネコ

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  本日は「猫の日」。テレビ番組でもネコ、猫、ねこ。もっとも有名な映画は畑正憲の「子猫物語」チャトランという茶色の子猫の大冒険。約54億円の配給収入で1986年邦画第1位だった。BSテレ東では「ネコにゃん!かわいい子猫大集合」、荻上直子監督「レンタネコ」(2012) 寂しい人に猫を貸し出すレンタネコ業を営む風変わりなヒロインさよ子と、心にさまざまな傷を抱えた人々との交流を綴る。「今年こそ結婚するぞ」と墨書してるが実現していない。同級生の吉沢(田中圭)くんも嘘つきで泥棒だった。「うそつきはどろぼうのはじまり」か。不思議な映画だが、こういうタイプの映画は好きな人と嫌いな人と両方にはっきりとわかれる。自分は好きである。市川実日子に味がでてきた。「ブギウギ」の羽鳥の妻役はお姉さんの市川実和子。とくにリアカーに猫を乗せて「♪レンタネコ~、ネコ、ネコ」と金魚売りのような節回しで川の土手を売り歩くシーンはなんともいえぬほどいい。実際は重労働で夏の暑い日、汗をかくし、子どもにからかわれたりする。(2月22日)

 

死期の迫った猫が姿を消すのはなぜか?

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    女優の山本陽子さんが死去された。2月2日放送の「徹子の部屋」に出演されたばかりだったので、世間の人もさぞかし驚いただろう。81歳とはとてもみえないほど若々しくお元気そうだったのに。熱海の豪邸を処分したことや健康の話題だったが、心中で死期を感じていたのだろう。網野菊の「一期一会」の一節で、「誰でも人間は年をとるにつれて、自分の死ということを考える度合は多くなる。私などは殆ど毎日考えると云ってよい。猫は、死ぬ時はおのれの主人に自分の死骸を見せぬよう、どこかへ姿を消すことがよくあるそうだが、私も死ぬ時はどこか人知れず姿を消すことが出来たらよいがいいと思うことがある」と書いている。なぜ猫は死期が迫ると姿を消すのか?人間と同様の感情があるのだろうか?おそらく、人に死ぬところを見られたくないから姿を隠したのではなくて、具合が悪くなると静かな物陰で落ち着いて休みたいからだろう。人と暮らすようななってからも、静かな縁の下などに潜り込んでそのまま死んでしまうことが多いのだろう。最近のペット化された猫は罹りつけの専門医に診察することに慣れているので、昔のように体調が悪くなっても姿を消すことは無いかもしれない。

おでんの日

 本日は「おでんの日」。波乱万丈、貧乏暇なし、平々凡々と、人にはさまざまな人生があるものの、所詮はみんな同じ一生である。  江戸川柳に、「どぶろくとおでんは夜の共稼ぎ」がある。屋台の寒い冬には屋台のおでんが美味しい。ホトトギスの高浜虚子(1874-1959)には、何故かおでんの句が多い。虚子は若いころから酒好きであったが、大正8年に軽い脳溢血で倒れた。そのため大好きな酒はたしなむ程度にしたが、おでん屋でおでんを食べながら少量の酒を楽しんでいたようだ。虚子におでんの句が多いのは、平凡を愛する心が人生観となっているからであろうか。虚子は明治7年2月22日、愛媛県温泉郡町新町で生まれた。

 

  振り向かず返事もせずにおでん食ふ

 

  おでんやを立ち出でしより低唱す

 

  戸の隙におでんの湯気の曲り消え

 

  硝子戸におでんの湯気の消えていく

 

  志 俳諧にあり おでん食ふ

 

  おでんやの娘愚かに美しき

 

 

韓国花茶物語

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 ヘンリー・ジェイムズ(1843-1916)は、午後のお茶のひとときを次のように書いている。

 その時の事情にもよるが、午後のお茶と呼ばれている儀式に捧げられたひとときほど気持ちのよいときは、この世にはめったにないものである。お茶を飲もうが飲むまいが、もちろんけっして飲まない人もいるのだが、お茶どきの雰囲気がそれだけ楽しいといった場合があるのだ。(「ある婦人の肖像」)

 イギリス式の紅茶、あるいはハーブ・ティーを、自宅の庭などの自然の中で楽しんでいる様子がうかがえる。そして、お茶の香りに加えて、美しい花の香りも楽しめたら最高に気持ち良いことだろう。

 

    ところで、お茶に、何か別のものを加えて飲む楽しみ方は、世界各地にあるようだ。中国の花茶は、花だけに湯を注ぐ方法のほか、烏龍茶や緑茶などと花をブレンドする方法もみられる。有名な花茶といえばジャスミン茶だが、元の時代にはハス、ラン、バラなどの花が好まれた。またインドや中近東では紅茶にしょうが、シナモン、クローブ、カルダモンなどのスパイスを加える習慣がある。モロッコでは、厚手のコップに新鮮なミントの葉をたっぷり入れて熱い紅茶を注ぎ、砂糖を多めに入れて飲むスタイルが知られている。

  ここで紹介する韓国の花茶は「目と香りと味で楽しむ」朝鮮時代の貴族たちが嗜んだ風流を楽しむものであった。貴族たちは移り行く季節の折々、花茶を嗜み、詩を詠み、彼らだけの世界に耽ったものだった。花茶の製造法については、18世紀の生活百科「閨閣叢書」に梅茶のことが載っている。ホ・ジュン(1546-1615)が書いた医学書「東医宝鑑」にも「むくげの花を茶にして飲めば風邪に良い」とあり、花茶が薬として紹介されている。19世紀には花を使った料理が多様になり、「是議全書」には、バラやツツジの花菜や、蜂蜜水に松の花粉を入れた松花蜜水などが載っている。花は春、夏、秋、冬、季節の野の花を使う。かすかな色と小さな花びら。一般的なものは、菊茶、蘭茶、蓮茶、芍薬茶などである。生きた花びらでお茶を淹れる方が見た目には美しいが、味が良いのはやはり花びらを乾燥させて淹れたお茶である。

 

   菊茶の作り方

1.菊は茎を捨て、花だけ摘み取り流水で洗う

2.湯気の立つ蒸し器に菊を入れて蒸す

3.ザルに取り、互いがくっつかないように並べ、日陰に干す

4.茶器に干した菊を10輪ほど入れ、お湯を注ぐ

後鳥羽上皇、隠岐で崩御(1239年)

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伊賀の局 伊藤小坡  昭和5年

   歴代天皇のうち、第82代後鳥羽天皇ほど多芸多才な天皇は見当たらない。歌道、書画、管弦、蹴鞠などの宮廷に伝統の技芸は玄人はだしであったし、刀剣の鍛錬も行った。天皇みずからの鍛刀は「菊一文字」と称して現在も幾振りか伝えられている。なかでも秀でているのは歌道だった。元久2年(1205)3月26日、「新古今和歌集」が完成した。1978首、20巻。撰者は源通具、藤原有家、藤原定家、藤原家隆、藤原雅経。

 ところで後鳥羽上皇の愛妃に伊賀の局がいた。もとは白拍子で亀菊という。上皇は寵愛のあまり摂津国長江・倉橋の二荘を賜った。鎌倉幕府はこの荘園に地頭を補任したが、地頭の横暴が激しいという理由で、上皇はその地頭の罷免を幕府に命じた。しかし執権・北条義時は聞き入れず拒否したため、関係が悪化していき、義時追討の院宣を発布し挙兵したが、敗れて隠岐に配流される(承久の乱)。延応元年2月22日に同島で崩御した。いわば伊賀局も傾国の美女といえなくもない。

    伊藤小坡(1877-1968)は、三重県宇治山田(現・伊勢市)の猿田彦神社の宮司の長女として生まれた。明治31年京都に来て、谷口香嶠に師事。大正4年第9回文展で「制作の前」で三等賞となり、以後文展、帝展に出品、大正8年日本自由画壇の結成に参加したが、翌年には竹内栖鳳のすすめで脱退し再び官展に帰った。上村松園につぐ閨秀作家といわれる。昭和43年に90歳で没した。

2024年2月21日 (水)

這魔不勉強者

 あるクイズ番組をみてると東大出の有名人を超インテリとか教養人とか、とても持ち上げていた。だが正答率は悪かった。若い頃は秀才だっかもしれないが、60歳をすぎて知性に大分衰えがみえる。その点では夏目漱石はたいへん面白い人物である。文部省が漱石に文学博士の称号を贈ると伝えたのに対して、漱石は「自分には肩書きは必要ない」として辞退した。江戸の伝統と西洋の新しい学問とが融合した明治という新しい時代がなければ出現しないであろう。「私の経過した学生時代」という一文を読む。冒頭から見知らぬ漢字に出会う。「私の学生時代を回顧してみると、ほとんど勉強という勉強はせずに過ごしたほうである。したがってこれに関して読者諸君を益するような斬新な勉強法もなければ、おもしろい材料も持たぬが、自身の教訓のため、つまり這魔不勉強者は、こういう結果になるという戒を、思い出して述べてみよう」 まことにユーモラスな感じの書き出しであるが、平易な文章でもある。ただ「這魔不勉強者」という漢語のインパクトがある。「這魔」(しゃま)とは現在の広辞苑には出ていない漢語であるが、漢和辞典には「このように、こんなに」とある。

    「這箇」(しゃこ)という漢語があって「これ」「この」の意、中国語の口語表現に由来し、禅僧の間で用いられた。宋代に「遮個」「適箇」と書いたが、この「遮」「適」の草書体を「這」と混同したことから我が国では「這箇」という漢語が生じた。「這魔」も禅学の造詣が深い漱石ならではの表現である。(2月21日)

 

 

 

 

淋しげな泉重千代翁の銅像

   1986年のこの日、鹿児島県徳之島の泉重千代さんが、120歳で天命を全うした。 日本には100歳以上の高齢者が9万人以上もいる。世界一の長寿といえば120歳、泉重千代翁である。ところが2012年までは男性としての世界最長寿と記録されていたが、近年、120歳という年齢が否定され105歳が通説とされることとなった。徳之島伊仙町に建つ泉重千代翁の銅像も心なしか淋しげである。(2月21日)

和気清麻呂忌

 延暦18年のこの日、和気清麻呂が死去。女帝孝謙天皇に仕え、重用されていたが、女帝と特別な関係にあった道鏡の怒りをかって、大隅に流された。道教の失脚後、再び召しかかえられ、平安遷都の推進などにつくした。あの「7時28分の恋人」と呼ばれた人気お天気姉さん半井小絵さんは和気清麻呂の末裔といわれている。(2月21日)

 

2024年2月20日 (火)

歌舞伎の日

  慶長12年(1607年)のこの日、出雲の阿国が江戸城で徳川家康の前で初めて歌舞伎踊りを披露した。念仏踊と呼ばれる歌舞だとされ、これがまもなく、「かぶきおどり」とか「阿国かぶき」といわれるようになる。遊里の女たちが、これに追随して類似の歌舞伎団が全国に輩出した。この女歌舞伎は官能本位で幕府は公衆の前で舞台に立つことを禁じた。承応2年(1625年)幕府の許可を得て「野郎歌舞伎」が再開された。寛永6年(1629年)10月23日、幕府は、風紀を乱すとして女歌舞伎・女舞・女浄瑠璃を禁止した。(2月20日)

 

2024年2月19日 (月)

雨水

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    今日は二十四節気の一つで、立春の後15日を「雨水」(うすい)という。雨水とは、今まで雪が降ったり、凍ったりしていた季節がゆるんで、水分が雨となって降るようになるという意味である。太陽の黄経が330度を指す。この頃から日いち日と早春の気がたち始めるとされている。

 

 

「猫が魚を大好物」というのは誤解だった! (猫の珍談奇譚)

 2月22日は「猫の日」。イザヤ・ベンダサンの「日本人とユダヤ人」の中で、「旧約聖書にはネコという言葉が全く出てこない」とある。ネコが登場するのは外典「エレミヤの手紙」の中の一ヶ所だけらしい。「エッセンシャル聖書コンコーダンス」などの聖書語句辞典を調べてもネコが見つからない。ユダヤ人はネコ嫌いの民族だった。ところが隣国の大国エジプトでは、ネコは穀物を荒らすネズミなどを退治するので昔から大切にされた。ヘロドトスは「エジプトではネコが死ねば、家人はミイラにして手厚く葬る」とある。バステトの祭りが行われ、ネコの女神として崇拝される。前525年ペルシアのカンビュセス2世は最前列にネコを配してエジプトを攻め、矢を放つことができないエジプト軍は滅ぼされてしまったという。▽ネコは気まぐれで、思いどうりにならない。ナポレオン、カエサル、ヒトラーといった権力者はみんなネコが嫌いだった。

Minnekepoeskattenstoet1▽ヨーロッパ中世では、ネコは魔女の手下とされて、多くの黒猫が殺された。3年に1度開かれるベルギーのイーペルのネコ祭りは、黒猫を時計台から放り投げて、下で受け止めると幸福が訪れるという奇習がいまも残っている。▽唐の則天武后は猫が嫌いで、宮中で猫を飼うのを禁じたとされる。▽ネコが魚好きというのは日本だけの話だそうだ。日本のネコが魚を好んで食べるようになったのは、日本人の食生活と関係している。江戸時代までの日本人には肉を食べる習慣がなく、動物性たんぱく質は主に魚肉からとっていた。そして、猫は人の食事の残りをもらっていたため、自然と魚を好むようになったと考えられている。つまり島国の食生活からつくられたものだろう。▽ネコの髭はどんな役目をするのか。ネコの髭は「触毛」と呼ばれて、毛根には神経が集中し、レーダーのような働きがあります。▽ことわざ「猫に小判」「犬に論語」「馬の耳に念仏」「豚に真珠」その意味は価値のあるものを、価値の分からない者に与えても無駄ということだが、「豚に真珠」だけは外来のことわざ。聖書に「豚の前に真珠を投げるな」に由来する。国木田独歩は「君等に美術の話をしたって無益だ。豚に真珠を投ずる如しだ」(園遊会)と書いている。最初は「豚に真珠を投げるな」がそのうち「豚に真珠」と簡略化されたのだろう。(Basted,Kattenstoet,Ieper,雑学)

 

 

Buck to 1972

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 あさま山荘

  日本列島、おそらくほとんどの日本人がその地名も知らない場所が、あるとき急に有名になることがある。成田市の三里塚も空港反対運動が起こるまでは日本人が誰も知らない場所だった。御巣鷹山や雫石も航空機事故が起きるまでは誰も知らない場所だった。吉野ヶ里も遺跡が発見されるまでは誰も知らない場所だった。100年、200年、1000年と歳月が過ぎれば、また元のように誰も知らない場所に戻るのだろうか。軽井沢の浅間山荘は事件から48年が過ぎ、何事もなかったかのように静かに建っている。

  1972年2月16日、群馬県妙義山中で連合赤軍の2人逮捕。17日2幹部(永田洋子、森恒夫)逮捕。2月19日、連合赤軍の坂東国男ら5人があさま山荘(河合楽器の別荘)の管理人の妻、牟田泰子さんを人質にとり籠城。28日、機動隊が山荘破壊する強行突入し、銃撃戦の末、人質救出、全員逮捕した。この年、札幌冬季五輪が2月3日から開催されていた。NHKドキュメンタリー番組「連合赤軍」を見る。植垣康博(スナック経営)、加藤倫教(農業)、吉野雅邦(木工おもちゃ製造)らがインタビューを受け当時の心情を淡々と語る。みな穏やかに普通の日々を過ごしていることに驚きを感じる。歳月は流れたのだ。

 

 

ストラディバリウス(「ス」事項索引)

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 「スピネット」は16から18世紀に用いた鍵盤楽器。これがハープシコードとなり、のちピアノに改良される。▽「出挙」は古代の利子付き消費貸借。▽「スヴェアボルグの乱」1906年スウェーデンの港町でロシア水兵の反乱。▽「垂迹(すいじゃく)」とは仏教と神道とが結びついた思想。 ▽「出挙」奈良時代、稲・銭などの貸付制。▽「スエヴィ王国」バルト海南部にいたスエヴィ族はローマ領やガリアへ侵入し、411年にはイベリア半島北西部に王国をつくった。王国は585年まで存続した。▽「スキティア人」紀元前8世紀から紀元前3世紀にかけて、ウクライナを中心に活動していたイラン系遊牧騎馬民族。▽「スコッツボロ事件」1931年人種差別の激しい南部アラバマで黒人少年9名が白人女性を強姦した罪で裁判にかけられ、死刑判決を受けたという冤罪事件。▽「ストラディバリウス」イタリアのストラディヴァリ父子3人が17世紀~18世紀にかけて製作した弦楽器。▽「スフ」ステープル・ファイバーの略。戦時中に木綿の代用品として使用されたが、肌触りや耐久などが木綿に劣っていた。▽「スンプ法」切片にすることが困難な試料にセルロイドの薄膜などを押し当て、その表面の形状を写し取って顕微鏡で観察する方法。▽「裾濃(すそご)」きものの下方を濃く、上方にいくにつれて薄くぼかして染めること。▽正統派イスラム教のスンニ派教徒はお酒を飲まない。(すすす)

スアンクカラー(スメンクカーラー)・メントゥホテプ(古代エジプトの王)

綏遠事件
瑞応院(大津)
垂加神道
出挙(すいこ)
水滸伝
推古天皇
瑞巌寺(宮城県松島)
瑞山磨崖三尊(韓国)
垂迹美術
錐状火山(コニーデ)
スイス
彗星
水星
水道
水墨画
スウィフト
スウィンバーン,アルジャーノン・チャールズ(画家)
スヴェアボルグの乱
スウェーデン
数学的媚薬
枢軸国
枢密院
スエヴィ王国
須恵器
スエズ運河
菅原伝授手習鑑
菅原道真
スカルノ
スカルラッティ
スキタイ人
杉田玄白
スキティア人
杉原千畝
杉龍崗遺蹟
須玖遺跡
スクロヴェーニ礼拝堂(別名アレーブ礼拝堂,パドヴァ)
助郷役
スコータイ朝
スコッツボロ事件
スコット
スコティッシュフォールド
スコーバレー冬季オリンピック(1960年) カリフォルニア州
スコモローヒ(放浪芸人)
ズゴルジェレツ条約
スサ(シューシャ)
素戔嗚尊(スサノオノミコト)
鈴木商店
裾濃
スタヴィスキー事件
スタグフレーション
スターチス
スターリン
スターリングラードの戦い
スターリン憲法
スタール夫人
スタンダール
スーダン
スタンディングオベーション
スチブンソン
スティアート朝
スティアトパイグス(臀部突出)
ステップ気候
ステファン・ボルツマンの法則
ストア派
ストックホルム
ストックホルム・アピール(1950年)
ストライキ
ストラスブールの誓い(842年)
ストラッフォード
ストラディバリウス
ストルイピン,ピョートル
砂川事件
スーパーカミオカンデ
スハルト
スパルタ
スパルタクス団
スパルタクスの奴隷反乱
スバールバル島
スピネット
スピノサウルス
スフ
スプートニク
ズーフハルマ
スプラトリー諸島海戦
スペイン
スペイン風邪
スペイン継承戦争
スペース・シャトル
スミソニアン協定(1971年)
スモレンスク
スラウェシ島(インドネシア)
スラバヤ
スラバヤ沖海戦
スラブ民族
スリナム
スーリヤヴァルマン2世
受領
ズールー戦争
スルタン
スルナーイ(インドネシアの管楽器)
スレイマン1世
スローライフ
諏訪湖
スワンナプーム国際空港(タイ・バンコク)
スンディアタ
スンニ派
駿府
スンプ法

 

 

アンドレ・ジード忌

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    私は書棚から一冊の本を抜き出して、それを読んだ。そしてその場所に納めた。私はその本を読んだことさえ忘れていた。しかしそれを読んだ後の私は、もはやそれを読む以前の私ではなかった。(アンドレ・ジード)

 

  *  *  *  *  *  * 

 

   アンドレ・ジード(1869-1951)は早くからマラルメ、ヴァレリーと知り合い、象徴派風の作品を書くが、すぐに脱し、生命の歓喜、自由を追求した多くの小説を発表、簡潔明快な文章は美的完成度が高い。1951年2月19日、ジッド死去。

2024年2月18日 (日)

嫌煙運動の日

    昭和58年2月18日、東京四谷で市民グループが「嫌煙権確立をめざす人々の会」を結成し、日本でも本格的な嫌煙運動がスタートした。この日にちなんで「嫌煙運動の日」がある。さらにそれより74年も前の明治38年、東京の市電で車内禁煙が実施された日でもある。そして昭和47年、大蔵省がタバコの箱に「吸いすぎに注意」の表示を印刷することを決定した。いまではドラマでタバコを吸っている場面はほとんど見ないが、古い映画やドラマをみると石原裕次郎や天地茂ら刑事がみなカッコいいスモーカーだった。

ハイライト 昭和は遠くなりにけり

 

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2024年2月17日 (土)

ブランデージ会長の東洋美術コレクション

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   アヴェレジ・ブランデージ(1887-1975)の名前は国際オリンピック会長として、わが国では記憶されている方も多いだろうが、東洋美術の愛好家、コレクターとしてその方面の人たちの間ではよく知られていた。ネットなどで調べるとブランデージ・コレクションはすべて現在サンフランシスコ市が管理するデ・ヤング博物館で展示されているようだ。デ・ヤング博物館は1894年のサンフランシスコ万国博覧会が開催されるときに建設されたアメリカでも有数の歴史ある博物館である。もともとでランデージはシカゴの建設業者で成功し、大富豪となった人物で、中国動機、玉、仏像彫刻、陶磁器、東南アジアの美術、インドの美術、書画など6000点以上が展示されている。

「あ」 ファースト・ネームから引く人名一覧

Ina_claire_by_blood_of_the_dragond4 「広辞苑」「マイ・ペディア」など総合事典の多くの外国人名の配列は、ファミリー・ネーム(日本の姓にあたる)のカナ表記の50音順であるが、本項ではファースト・ネームの50音順で配列した。▽「アアフメス」前16世紀中頃のエジプトの書記官。▽「アイディード」1934-1996。ソマリアの内戦のきっかけを作った人物。▽「アイナ・クレア」 Ina Claire(1893-1985)はアメリカの舞台女優(右画像)。▽「アイベックス」ヤギ属に属する哺乳類の一種。主にアルプス山脈に生息する。▽「アレクサンデル・セウェルス」第24代ローマ皇帝。▽「アインハルト」770?ー840。カール大帝とルートヴィヒ1世の2代に仕えた廷臣。教育者・歴史家。「カール大帝伝」が有名。▽「アーヴィング・バーリン」1888-1981。アメリカを代表する音楽家。代表曲「ホワイト・クリスマス」「ブルー・スカイ」「イースター・パレード」「オールウェイズ」。▽「アダム・ゴットロープ・エーレンシュレーゲル」1779-1850。デンマークの詩人・劇作家。「アラディンまたは魔法のランプ」「北欧詩集」「ハーコン・ヤール」「コレッジョ」。▽「アティージャ」982ー1054。中央チベット仏教の中興の祖。ディーパンカラシュリ―ジュニャーナ Dipankara Srijnana。▽「アニー・エドソン・テイラー」1901年樽に入ってナイアガラ滝を下り、無事生還した女性。▽「アベル・ガンス」フランスの映画監督。代表作「鉄路の白薔薇」。▽「アミルカル・カブラル」1924-1973。アフリカ独立運動の指導者。▽「アムル・イブン・アル=アース」583-664。第二代カリフ・ウマールの将軍で東ローマを破り、ミスル・アル・フスタート(カイロ市)を建設した。▽「アラン・チューリング」1912-1954。イギリスの数学者。▽「アンリ・ミルヌ・エドワード」は1844年潜水服を着て探検した最初の科学者。▽「A・A・ミルン」1882-1956。「クマのプーさん」フルネームはアラン・アレクサンダー・ミルン。▽「アルドゥス・ピウス・マヌティウス」ルネサンス時代の出版人。▽「アル・キンディー」800ころ~870ころ。イスラム哲学者。「知性論」。▽「アルビン・ワード・グールドナー」1920ー1980。アメリカの社会学者。代表作「産業における官僚制」ダイヤモンド社 1954年。▽「アルベルト・エバリスト・ヒナステラ」1916-1983。アルゼンチンの作曲家。代表作はバレエ音楽「エスシア」(1941)。▽「アルベルト・モッセ」1846-1925。ドイツの法学者。明治初期伊藤博文らの招きで来日。憲法・諸法令の起草をした。▽「アレクサンダー・アーキペンコ」1887-1964。ロシア出身のアメリカの彫刻家。キュビスムの影響を受けた独創的な彫刻スタイルで最もよく知られる。代表作「メドラノⅡ」(グッゲンハイム美術館)。▽「アレクしウス・マイノング」1853-1920。オーストリアの哲学者・心理学者。▽「アン・ブラドストリート」1612-72。詩的感性をもった最初のアメリカ詩人。▽「アルフレート・フォン・ティルピッツ」1848-1920。ドイツの海軍軍人。▽「アーロン・コープランド」1900-1990。米国の作曲家。「エル・サロン・メヒコ(酒場メキシコ)」で名声を高め、「ビリー・ザ・キッド」「ロデオ」「アパラチアの春」などのバレエ音楽で現代アメリカ作曲界の第一人者となった。▽「アンゲラ・ドロテア・メルケル」2005年11月22日、第8代ドイツ連邦共和国首相に選出される。ドイツ史上初めてとなる女性首相。▽「アンジェラ・カーター」1940-92。イギリスの小説家。▽「アンディ・マレー」イギリスのプロテニス選手。▽「アンドリュー・セス」1856-1931。イギリスの観念論の哲学者。▽「アンドレ・デュノワイエ・ド・スゴンザック」1884ー1974。フランスの風景画家。▽「アンナ・パブロワ」1881-1931。ロシアのバレエダンサー。▽「アンヌ・ルイーズ・ジェルメヌ・ド・スタール」1766-1817。一般にスタール夫人。フランスの作家。代表作「ディルフィーヌ」。▽「アンネグレート・クランプカレンバウアー」キリスト教民主同盟の新党首。▽「アンリ・アルカン」1909-2001。映画「ローマの休日」の撮影者。▽「アンリ・デュナン」1828-1910。スイス・国際赤十字創始。

アアウセルラー・アペピ
アアシェフイトエムワセト
アアフメス
アアヤバータ
アイヴァン・ライトマン
アイヴス・マガフィー
アイザック・アシモフ
アイザック・ウォルトン
アイザック・オリヴァー
アイザック・スターン
アイザック・ニュートン
アイザック・メリット・シンガー
ア・イ・シフマン
アイス・キューブ
アイスキュロス
アイスリング・フランシオン
アイソポス
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アイダン・クイン
アイディード
アイナ・クレア
アイナル・ハンスン
アイバン・ライトマン
アイラ・フィッシャー
アイリス・チャン
アイリーン・キャッスル
アイリーン・キャラ
アイリーン・グー
アイリーン・ダン
アイリーン・プリングル
アイリーン・ヘッカート
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アイリン・セジヴィック
アイルトン・セナ
アインハルト
アーヴィング・バーリン
アウグスティン・ルイ・コーシー
アウグストー・ジェニーナ
アウグスト・ストリンドベリ
アウグスト・フェルディナント・メビウス
アウグスト・フォン・ワッセルマン
アウグスト・マッケ
アウド・エゲーテ・ニッセン
アウラングゼーブ
アヴリル・ラヴィーン
アウルス・ウィテッリウス(ローマ皇帝)
アウルス・ゲリウス
アウレリウス・アウグスティヌス
アウレリウス・マクシミアヌス
アウレリオ・ペッチェイ
アウン・サン・スー・チー
アーヴィング・ラングミュア
アエミリウス
アーガー・ムハンマド・カーン
アガサ・クリスティー
アガト(第79代ローマ教皇)
アキ・カウリスマキ
アクエンアテン(古代エジプト王)
アクセリ・ガレン=カレラ
アクタン・アリム・クバト
アクバル
アグネス・スメドレー
アグネス・ムーアヘッド
アゴスティーナ・セガトーリ
アゴスティーノ・カラッチ
アゴスティーノ・キージ
アーウィン・ショウ
アーヴィン・ウェルシュ
アーサー・ウィリアム・テッダー
アーサー・ウェイリー
アーサー・ウェルズリー(ウエリントン卿)
アーサー・キース
アーサー・ジョン・エバンズ
アーサー・ジョン・クロンキスト
アーサー・ケストラー
アーサー・コナン・ドイル
アーサー・コンプトン
アーサー・C・クラーク
アーサー・ストリートン
アーサー・デヴィス
アーサー・ネビル・チェンバレン
アーサー・バルフォア
アーサー・ヒュー・クラフ
アーサー・ヒラー
アーサー・ペン
アーサー・ボイド
アーサー・ホリー・コンプトン
アーサー・マッカーサー・ジュニア
アーサー・マッケン
アーサー・ミラー
アーサー・ルイス
アーシア・アルジェント
アシュトン・カッチャー
アーシュラ・ティリット
アシュリー・グリーン
アシュリー・ジャッド
アシュリー・ティスデール
アショーカ
アーシル・ゴーキー
アスガー・ヨルン
アスタ・ニールセン
アストリッド・リンドグレーン
アストル・ピアソラ
アスパシア
アタナシウス・キルヘル
アダム・エルスハイマー
アダム・ゴットロープ・エーレンシュレーゲル
アダム・サンドラー
アダム・シャール
アダム・スミス
アダム・ミツキエヴィチ
アダム・ラクスマン
アーダルベルト・シュティフター
アタワルパ
アーチボルド・コーチャン
アーチボルド・コックス
アーチボルト・ヒル
アーチボルト・プリムローズ
アーチボルト・マクマード
アーチャボールド・ジョゼフ・クローニン
アッシュル・バニパル
アッテリオ・ガッティ
アッテリオ・モミリアーノ
アッバス・キアロスタミ
アティージャ
アート・カーニー
アート・ガーファンクル
アドリアーン・ファン・オスターデ
アドリアーン・ファン・デ・ヴェルデ
アドリアーン・ファン・デル・ウェルフ
アドリアーン・ファン・デ・フェンネ
アドリアーン・ブラウエル
アドリアン・マリ・ルジャンドル
アドルフ・アイヒマン
アドルフ・ヴァレット
アドルフ・サックス
アドルフ・ティエール
アドルフ・バスチャン
アドルフ・ヒトラー
アドルフ・フォン・バイヤー
アドルフ・フォン・ヒルデブラント
アドルフ・ブーグロー
アドルフ・ベーム
アドルフ・マンジュー
アドルフ・ワーグナー
アナ・ケンドリック
アナ・デ・アルマス
アナ・パキン
アナ・ファリス
アナイス・ニン
アナイリン・バーナード
アナクシメネス
アナクシマンドロス
アナス・フォー・ラスムセン
アナスタシア・二コラエヴナ
アナスタシウス1世(東ローマ皇帝)
アナスタス・ミコヤン
アナソフィア・ロブ
アナトーリイ・ステッセル
アナトール・フランス
アナベラ
アナベラ・シオン
アニー・エドソン・テイラー
アニー・ジラルド
アニー・ローラック
アニエス・バルダ
アニシウス・マンリウス・セベリヌス・ポエティウス
アニセー・アルビナ
アニタ・オデイ
アニタ・エクバーグ
アニタ・ムイ(梅艶芳)
アニタ・ルイーズ
アニヤ・テーラー・ジョイ
アーニョロ・ブロンズィーノ
アブル・ワリ―・イスマエル
アベ・プレヴォ
アベリー・ブランデージ
アヌーク・エーメ
アーネスト・ヴァインシェンク
アーネスト・ウォルトン
アーネスト・クライン
アーネスト・サトウ
アーネスト・シェードザック
アーネスト・トレンス
アーネスト・ダウソン
アーネスト・トンプソン・シートン
アーネスト・バージェス
アーネスト・フランシスコ・フェノロサ
アーネスト・ボーグナイン
アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ
アーネスト・メイスン・サトー
アーネスト・ラザフォード
アーネスト・ローレンス
アネット・ベニング
アーノルド・シュワルツェネッガー
アーノルド・シューンベルク
アーノルド・ジョゼフ・トインビー
アーノルド・パーマー
アーノルド・ファンク
アビー・コーニッシュ
アビゲール・アダムズ
アビゲール・セーケ
アビゲール・ブレスリン
アピチャッボン・ウィーラセタクン
アビラ・ヒロン
アービン・カーシュナー
アービング・バーリン
アブデュル・ハミト2世
アブド・アル・カリーム・カーシム
アブドゥルラザク・グルナ
アプトン・シンクレア
アフマッド・スバルジョ
アブラハム・オルテリウス
アブラハム・ブルーマールト
アブラハム・ホンディウス
アブラハム・リンカン
アブラ―ム・ド・モアブル
アベベ・ビキラ
アベラール・エリウゲナ・アンセルムス
アベリー・ブランデージ
アベル・ガンス
アベル・ヤンスゾーン・タスマン
アーマッド・シャマル
アマル・クルーニー
アマンダ・サイフリッド
アマンダ・スタントン
アマンダ・バインズ
アマンダ・プラマー
アーマンド・アサンテ
アーミー・ハマー
アミルカル・カブラル
アミルカレ・ボンキエッリ
アムル・イブン・アル=アース
アムルサナー
アメデオ・アボガドロ
アメデオ・モディリアーニ
アーメッド・スカルノ
アメリア・メリー・エアハート
アメリカ・フェレーラ
アメリゴ・ベスプッチ
アーヤットラー・ルーホッラー・ホメイニー
アラ・ナジモヴァ
アーラ・プガチョワ
アラ・ボリソヴナ・プガチョワ
アラム・ハチャトリアン
アラルート・ファン・エーフェルディンゲン
アラン・アーキン
アラン・アレクサンダー・ミルン
アラン・J・パクラ
アラン・シェパード
アラン・タネール
アラン・チューリング
アラン・ドロン
アラン・ドワン
アラン・パーカー
アラン・ベイツ
アラン・ラッド
アラン・リックマン
アラン・レネ
アラン・ロブ・グリエ
アリ・マッグロー
アリー・シーディ
アリー・ラーター
アリアナ・グランデ
アリエノール・ダキテーヌ
アリエル・ラミレス
アリギエーリ・ダンテ
アリシア・ヴィキャンデル
アリシア・シルヴァーストーン
アリス・ウォーカー
アリス・オシュデ=モネ
アリス・ジーン・ウェブスター
アリス・ヒリアード
アリス・フェイ
アリス・マンロー
アリスタルコス
アリスティア・マクリーン
アリスティード・ブリアン
アリストテレス
アリストファネス
アリソン・フェリックス
アリダ・バリ
アリソン・スドル
アリッサ・ミラノ
アリーナ・イルナゾヴナ・ザギトワ
アリーナ・カバエワ
アリーヌ・ルノワール
アリーヤ
アル・カポネ
アル・キンディー
アル・ジャザリー
アル・ジョルスン
アル・スミス
アル・パチーノ
アル・ビルニ
アル・マルティーノ
アルヴァ・アールト
アルヴィーゼ・ダ・カダモスト
アルカンゲロ・コレルリ
アルキメデス
アルクイン
アルジャー・ヒス
アルジャーノン・チャールズ・スウィンバーン
アルチュール・ランボー
アルテュール・オネゲル
アールト・ファン・デル・ネール
アルドゥス・ピウス・マヌティウス
アルトゥール・シュニッツラー
アルトゥール・ショーペンハウアー
アルトゥル・ニキシュ
アルトゥール・ランボー
アルトゥール・ルービンシュタイン
アルトゥーロ・トスカニーニ
アルナルド・モミリアーノ
アールネ・トンプソン
アルノルト・シェーンベルク
アルノルト・ゾンマーフェルト
アルノルト・ベックリン
アルハゼン
アルバート・アーノルド・アル・ゴア・ジュニア
アルバート・オブ・ザクセン・コーブルク・ゴータ
アルバート・スポルディング
アルバート・スミス
アルバート・セービン
アルバート・タッカー
アルバート・フィニー
アルバート・ムーア
アルバロ・オブレゴン
アルバロ・デ・メンダーニャ・デ・ネイラ
アルビン・トフラー
アルビン・ハーベイ・ハンセン
アルビン・ワード・グールドナー
アルフィーアス・ハーディー
アルフォンス・ガブリエル・カポネ(アル・カポネ)
アルフォンス・デーケン
アルフォンス・ド・ラマルティーヌ
アルフォンス・ドーデー
アルフォンス・ミュシャ
アルフォンス・ルゲロ
アルフォンソ10世(カスティーリャ王)
アルフォンソ・ガルシア・ロブレス
アルフォンソ・デ・アルブケルケ
アルフレッド・アドラー
アルフレッド・ヴェーバー
アルフレッド・キンゼイ
アルフレッド・ジョーゼフ・ヒッチコック
アルフレッド・ド・ミュッセ
アルフレッド・ドレフュス
アルフレッド・ニューマン
アルフレッド・ハウゼ
アルフレッド・ハーシェイ
アルフレッド・ヒッチコック
アルフレッド・ビネー
アルフレッド・マーシャル
アルフレッド・ラッセル・ウォーレス
アルフレッド・ワルデルゼー
アルフレート・フォン・ヴァルダーゼー
アルフレート・フォン・ティルピッツ
アルフレート・フリート
アルフレート・ロタール・ヴェーゲナー
アルフレート・ローラー
アルブレヒト・ヴェンツェル・オイゼービウス・フォン・ヴァレンシュタイン
アルベール2世(モナコ公)
アルベール・カミュ
アルベール・カルメット
アルベール・マルケ
アルベール・ルーセル
アルベルト・アインシュタイン
アルベルト・エバリスト・ヒナステラ
アルベルト・カイプ
アルベルト・クラウデ
アルベルト・ケンヤ・フジモリ・フジモリ
アルベルト・ザッケローニ
アルベルト・サントス・デュモン
アルベルト・ジャコメッテ
アルベルト・シュバイツァー
アルベルト・トンバ
アルベルト・フジモリ
アルベルト・モッセ
アルベルト・モラヴィア
アルベルト・ルス
アルベルヒト・コルネリウス
アルブレヒト・アルトドルファー
アルブレヒト・ケンペル
アルブレヒト・デューラー
アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン
アルブレヒト・フォン・ブランデンブルク
アルフレッド・アイゼンスタット
アルフレッド・キンゼイ
アルフレッド・コルトー
アルフレッド・シスレー
アルフレッド・ブーシェー
アルフレッド・ベルンハルト・ノーベル
アルフレッド・テニソン
アルフレート・ロータル・ヴェーゲナー
アルマン・ギヨマン
アルマン・ジャン・デュ・プレシ・ド・リシュリー
アルマン・ダヴィッド
アルマン・ヒッポリト・ルイ・フィゾー
アルマンド・マンサネーロ
アルレッティ
アレイスター・クロウリー
アレキサンダー・アガシ
アレキサンダー・アーキペンコ
アレキサンダー・アグリコラ
アレキサンダー・ウィリアムソン
アレキサンダー・カートライト
アレキサンダー・セルカーク(ロビンソン・クルーソーのモデル)
アレキサンダー・ポープ
アレクサンダ―・カートライト
アレクサンダー・カルダー
アレクサンダー・グラハム・ベル
アレクサンダー・ハミルトン
アレクサンダー・フォン・フンボルト
アレクサンダー・フレミング
アレクサンデル6世(教皇)
アレクサンデル・セウェルス(ローマ皇帝)
アレクサンデル・ドゥプチェク
アレクサンドラ・コロンタイ
アレクサンドラ・フョードロヴナ
アレクサンドラ・ダダリオ
アレクサンドル1世
アレクサンドル3世
アレクサンドル・アーキペンコ
アレクサンドル・イサエビチ・ソルジェニツィン
アレクサンドル・イヴァノビッチ・オパーリン
アレクサンドル・イワーノフ
アレクサンドル・ウリヤノフ
アレクサンドル・オストロフスキー
アレクサンドル・ギュスタブ・エッフェル
アレクサンドル・ケレンスキー
アレクサンドル・ゲルツェン
アレクサンドル・セルゲイビーチ・プーシキン
アレクサンドル・ニコラエビチ・スクリャービン
アレクサンドル・ソクーロフ
アレクサンドル・ソルジェニーツィン
アレクサンドル・デュマ
アレクサンドル・ネフスキー
アレクサンドル・ボロディン
アレクサンドル・ミルラン
アレクサンドル・ヤコブレフ
アレクサンドル・ルカシェンコ
アレクサンドル・ロトチェンコ
アレクサンドル・ロバノフ
アレクサンドロス3世(大王)
アレクシ・ド・トクヴィル
アレクしウス・マイノング・リッター・フォン・ハントシュースハイム
アレクシオス1世コムネノス(東ローマ皇帝)
アレクシス・スミス
アレクセイ・オクラドニコフ
アレクセイ・シリッチ・ノビコフプリボーイ
アレクセイ・ナワリヌイ
アレクセイ・ニコラエビチ・コスイギン
アレクセイ・フェオフィラクトヴィチ・ピーセムスキー
アレクセイ・フォン・ヤウレンスキー
アレクセイ・ボリソヴィッチ・ロバノフ=ロストフスキー
アレクセイ・ミハイロヴィチ
アレサ・フランクリン
アレック・ギネス
アレック・コックス
アレック・ボールドウィン
アレックス・インケルス
アレッサンドル・エヴァリスト・フラゴナール
アレッサンドロ・アキリーニ
アレッサンドロ・アローリ
アレッサンドロ・ヴァリニャーノ
アレッサンドロ・ヴェルテッロ
アレッサンドロ・チコニーニ
アレッサンドロ・ディ・カリオストロ
アレッサンドロ・デル・ピエロ
アレッサンドロ・バリニャーノ
アレッサンドロ・ボルタ
アレッサンドロ・マンゾーニ
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
アレン・ギンスバーグ
アロイス・アルツハイマー
アロイス・リーグル
アーロン・エッカート
アーロン・カーター
アーロン・コープランド
アロンソ・デ・オヘーダ
アン・アーチャー
アン・サリヴァン
アン・シェリンダン
アン・ドヴォラク
アン・トッド
アン・バクスター
アン・ハサウェー
アン・ハーディング
アン・バンクロフト
アン・プライス
アン・ブラドストリート
アン・フランシス
アン・ブーリン
アン・ヘッシュ
アン・マーグレット
アン・ミラー
アン・ライス
アン・ラドクリフ
アン・リー
アンゲラ・ドロテア・メルケル
アンジー・ディッキンソン
アンジェー・ワイダ
アンジェイ・ズラウスキー
アンジェラ・カーター
アンジェラ・バセット
アンジェラ・ヒューイット
アンジェラ・ランズベリー
アンジェリカ・ヒューストン
アンジェリーナ・ジョリー
アンジェロ・ベオルコ
アンジェロ・ポリツィアーノ
アンジャネット・カマー
アンゼルム・キーファー
アンソニー・アシュレー・クーパー・シャフツベリー
アンソニー・イーデン
アンソニー・ヴァン・ダイク
アンソニー・エドワーズ
アンソニー・クイン
アンソニー・ニューリー
アンソニー・パーキンス
アンソニー・バージェス
アンソニー・ハピントン
アンソニー・ホプキンス
アンソニー・マン
アンソニー・ミンゲラ
アンティ・アールネ
アンディー・ガルシア
アンディー・フグ
アンディー・マクダウェル
アンディ・マレー
アンディー・ラウ
アンティオコス2世テオス
アンティミウス(西ローマ皇帝)
アンデルス・セルシウス
アントナン・アルトー
アントニー・アシュリー・クーパー
アントニ・タピエス
アントニ・フォン・ダイク
アントニ・ファン・レーウェンフック
アントニー・ブリンケン
アントニア・ブレンターノ
アントニオ・ヴィセンティーニ
アントニオ・ガウディ
アントニオ・カルロス・ジョビン
アントニオ・グテーレス
アントニオ・サランドラ
アントニオ・サリエリ
アントニオ・ストラディバリウス
アントニオ・デル・ボッライオーロ
アントニオ・バンデラス
アントニオ・ビバルディ
アントニオ・フォンタネージ
アントニオ・ボライウォーロ
アントニオ・マリア・アッバティーニ
アントニオ・メウッチ
アントニオ・ロッセリーノ
アントニオ・ロペス
アントニヌス・ピウス
アントニン・レオポルト・ドヴォルザーク
アントネッラ・ルアルディ
アントネロ・ダ・メッシーナ
アンドラーシュ・シフ
アンドリア・モホロヴチッチ
アンドリュー・カーネギー
アンドリュー・カミン・アーヴィン
アンドリュー・クオモ
アンドリュー・パーソンズ
アンドリュー・セス
アンドリュー・V・マクラグレン
アンドリュー・ロイド・ウェーバー
アンドリュー・ローソン
アンドルー・ガーフィールド
アンドルー・ジャクソン
アンドルー・マーヴェル
アンドルー・マッカーシー
アンドレ・カイヤット
アンドレ・ガルメット
アンドレ・ギャニオン
アンドレ・ジード
アンドレ・ジャック・ガルヌラン
アンドレ・デュノワイエ・ド・スゴンザック
アンドレ・ブルトン
アンドレ・マッソン
アンドレ・マリ・アンペール
アンドレ・ミシュラン
アンドレ・モーロワ
アンドレ・ル・ノートル
アンドレア・オルカーニャ
アンドレア・デル・ヴェロッキオ
アンドレア・デル・サルト
アンドレア・ドッティ
アンドレア・パラーディオ
アンドレア・ピサーノ
アンドレア・フルヴィオ
アンドレア・ボッツオ
アンドレア・マンテーニャ
アンドレア・ミア・ゲズ
アンドレア・リーズ
アンドレアス・ヴェサリウス
アンドレアス・ルドルフ・ボーデンシュタイン・フォン・カールシュタット
アンドレイ・アンドレーエヴィチ・グロムイコ
アンドレイ・サハロフ
アンドレイ・タルコフスキー
アンドレ・マジノ
アンドレ・ル・ノートル
アンドレス・ボニファシオ(フィリピン革命指導者)
アントワーヌ・アンリ・ベクレル
アントワーヌ・ヴァトー
アントワーヌ・ド・サンテグジュペリ
アントワーヌ・フランソワ・プレヴォ
アントワーヌ・ブールデル
アントワーヌ・ラヴォアジエ
アントン・イェルチン
アントン・ヴェーベルン
アントン・カラス
アントン・コーベルガー
アントン・ドボルザーク
アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ
アントン・フランチェスコ・グラッツィーニ
アントン・ブルックナー
アントン・ヘーシンク
アントン・ラファエル・メングス
アンナ・イヴァノヴナ
アンナ・カタリーナ・エンメリヒ
アンナ・カリーナ
アンナ・ガリエナ
アンナ・クラムスキー
アンナ・シュウエル
アンナ・ステン
アンナ・チポフスカヤ
アンナ・ネトレプコ
アンナ・パキン
アンナ・パブロワ
アンナ・マニアーニ
アンナ・メイ・ウォン
アンナトン・アルトー
アンニーバレ・カラッチ
アンヌ・パリロー
アンヌ・ビアゼムスキー
アンヌ・ブロシェ
アンヌ・ルイーズ・ジェルメヌ・ド・スタール
アンネ・フランク
アンネグレート・クランプカレンバウアー
アンネシュ・ベーリング
アンバー・ハード
アンバリアナムボイメリナ
アンブロシウス・ホルバイン
アンブロージオ・ロレンツェッティ
アンブローズ・ビアス
アンブロセ・マンドゥロ・ドラミニ
アンブロワーズ・ヴォラール
アンリ・アルカン
アンリ・エミール・ブノワ・マティス
アンリ・エドモン・クロス
アンリ・シャトリエ
アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
アンリ・デュナン
アンリ・ド・サン・シモン
アンリ・ド・トゥールーズ・ロートレック
アンリ・ド・モンテルラン
アンリ・ドカエ
アンリ・ナヴィエ
アンリ・バルビュス
アンリ・バンジャマン・コンスタン・ド・ルベック
アンリ・ピレンヌ
アンリ・ファンタン=ラトゥール
アンリ・フィリップ・ペタン
アンリ・フレデリック・アミエル
アンリ・ベクレル
アンリ・ベルクソン
アンリ・ベルヌイユ
アンリ・ポアンカレ
アンリ・マティス
アンリ・マンギャン
アンリ・ミュルジェール
アンリ・ミルヌ・エドワード
アンリ・モアッサン
アンリ・ルイ・ベルクソン
アンリ・ルシャトリエ
アンリ・ルソー
アンリ・ロート
アンワル・サダト

 

 

 

 

 

 

馬手

 幼児に右、左を教えるのに、日本人だったらたいていの親は、「お箸を持つほうの手が右、お茶碗を持つほうの手が左だよ」と教えるだろう。もっと昔は、馬に乗るとき、「馬手(めて)」「弓手(ゆんで)」という語もあった。馬に乗るとき、右手に手綱、左手に弓を持つから、きている。平安時代の上流階級の子どもが、これで右、左を覚えたのかどうかは知らない。

冷やかす

 商品を買う気もないのに、品物の値段を尋ねたり商品などを触ったりして、結局買わずに帰ることを「冷やかす」ということがある。江戸の浅草山谷あたりの紙漉き職人が、原料を水で冷やす間(およそ2時間くらいかかる)に、近くの吉原遊郭で、登楼しないで張り見世の遊女を見て回ることから出た語であるという。NHK「チコちゃんに叱られる」より。

ハイネの詩集

   ある古本屋でぱらっとめくって、眼に留まった詩があったので買っておいた。ハインリヒ・ハイネの詩集である。

「秋を愛する人は心深き人 愛を語るハイネのような僕の恋人」

    芹洋子の「四季の歌」で知られるようにハイネは日本では「愛の詩人」として最も親しまれている。またハイネの詩「ローレライ」はフリードリヒ・フィリップ・ジルヒャー(1789-1860)の曲、近藤朔風の訳詩で今でも多くの人に愛唱されている。ところが、本国ドイツではハイネの評価はさまざまである。ハイネの活動はドイツとフランスの二つの国で行われた。つまり「ドイツ人の間ではユダヤ人、フランス人の間ではドイツ人、ドイツでは排斥された者、フランスでは外国人だった」

    28歳のハイネはゲッチンゲン大学で博士号を取得し、名をハリー・ハイネからハインリヒ・ハイネと改め、キリスト教に改宗した。しかし彼は、すぐこのことを後悔した。「今や私は、キリスト教徒にも、ユダヤ教徒からも憎まれている」と友人宛ての手紙で嘆いている。

    1840年7月に発表した「宗教は救いのない、苦しむ人々のための、精神的な阿片である」(「ルートヴィヒ・ベルネ覚え書」)という内容は周囲から反感をかうこととなった。1843年12月から1845年2月まで、パリでマルクス夫妻と知り合い、親しく交際する。ハイネ46歳、マルクス25歳。そしてハイネは科学的社会主義を準備する雑誌「フォアヴェルツ(前進)」誌に、社会詩、革命詩を発表する。こうして無神論者ハイネは革命詩人でもあった。しかし、晩年、脊椎の病が悪化する。1849年、52歳のハイネは不安と絶望のうちに日々を過ごし、無神論を捨てて再びキリスト教に改宗する。1856年2月17日、詩人ハイネは多彩な生涯を閉じた。享年58歳。パリのモンマルトルの墓地に埋葬されている。

2024年2月16日 (金)

へそくり

    山内一豊(1545~1605)は織田信長に仕え、元亀元年(1570)の金ヶ崎退去のさい功を挙げて、翌年秀吉に配属される。以後、山崎合戦、賤ヶ岳合戦、小牧・長久手の陣などに従軍。天正13年には近江八幡山に配された秀次付きの老臣となり、近江長浜二万石、天正15年従五位下対馬守に叙任。天正18年小田原攻めの後の知行割で秀次が尾張清洲城に移されると、遠江掛川五万石の城主となる。この間、ずっと秀次の老臣の地位にあったが、文禄4年の関白秀次失脚には連座しなかった。 関が原の戦いでは東軍に属し、下野小山会議で東海道筋の掛川城を徳川家康に明け渡すと発言、家康を喜ばせた。戦後、土佐一国二十万石余を与えられ、高知城を築いて居城とした。一豊の妻の名は「千代」とも「まつ」ともいわれるが、定かではない。一豊死去の翌日、妙心寺の単伝士印より見性院(1557-1617)の法号を受け、京都桑原町に閑居した。一豊の妻といえば、内助の功の見本として知られる。織田信長が閲馬するさい、こっそり貯めていた「へそくり」十両をさしだして名馬を買った話は有名である。「へそくり」をするには、いろいろな方法がある。昔の人は「綜麻(へそ)」といって、つむいだ糸をつないで環状に巻いたものを作るのを内職仕事にした。そうして貯えたお金が「へそくりがね」だ。一豊の妻は、どれだけの「綜麻」をつくったことだろう。

荼毘に付す(日本語になったサンスクリット語)

113425 サンスクリットは古代から中世にかけて、インド亜大陸や東南アジアにおいて用いられてきた言語。現在の母語話者は少ないが死語ではなく、インドでは憲法で認知された22の公用語の1つである。漢語で「梵語」という。漢字で音写され、その漢字音が日本で変化した結果、元の発音とは大きく異なるものが多い。日本には仏教経由で伝来した語が多い。

 「旦那」は寺院や僧侶に布施をする「施主」や「檀家」の意味として主に僧侶が用いる言葉であったが、旦那の語は一般に広まり、妻が夫を、商家の奉公人が主人を呼ぶときに用いる敬称となった。

   「彼岸」とはその名の通り「岸の向こう」。その向こうの岸とは悟りの世界のこと。サンスクリットではバーラミター(波羅密多)という。「河の向こう」の意味。迷いの世界(此岸)に対する言葉であるが、日本の信仰では死後は阿弥陀如来の導きにより人は彼岸に渡ることができる、と考えられているため、彼岸の仏事の習慣がある。

 「閼伽(あか)」は本来「価値あるもの」の意味。仏前に供える神聖な水や花を呼ぶようになった。

「荼毘に付す」は、火葬をするを意味する。サンスクリット語の「ジャーベティ」の音の漢訳。「荼(だ)」という漢字は、「茶」ではなく、苦しみや害悪という意味があり、「毘(び)」は助けるという意味がある。

    このほか日本語にはサンスクリットからきた言葉は多い。「お盆」は「ウラバンナ」に由来する。「刹那」は「クシャナ」に由来。時間の最小単位。「奈落」は「ナラカ」に由来。地獄を意味する。「涅槃」は「ニルヴァーナ」に由来。「鳥居」は「トーラナ」に由来。アーチ型の門を意味する。お布施。「僧伽」は「サンガ」に由来する。僧侶のこと。(Sanskrit,ullambana,naraka,dana,samgha,stapa)

 

阿闍梨(アーチャルヤ)、奈落、伽藍、塔、卒塔婆(ストゥーパ)、旦那(ダーナ・パティ)、しくゃみ、韋駄天、境内、達磨、餓鬼、舎利(、シャーリ)、涅槃(ニルヴァーナ)、娑婆(シャバ)、菩薩(ボーティサットバ)、鳥居、(トーラナ)、痘痕、お盆(ウラバンナ)、彼岸、荼毘、鉢(パートラ)、かわら(カバーラ)、栴檀、空、沙門、袈裟、月、飛鳥、かさぶた(アルブタ)、玄関、、相好、馬鹿、おっかあ、とうさん。

 

 

天気図記念日

Weather_map002   1883年のこの日、東京気象台が日本初の天気図を作成した。ドイツ人の気象学者エリヴィン・クニッピング(1844-1922)の指導のもと、7色刷りの天気図が作成された。2000年に発行された20世紀デザイン切手シリーズ第12集に、1959年の伊勢湾台風当日の天気図が描かれている(2月16日)

 

 

 

 

 

 

 

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 Erwin Knipping

2024年2月15日 (木)

春一番名付けの日

Photo 「春一番」とは立春を過ぎて最初に吹く強い南風のことで、気象予報官の創作ではない。最初にだれが言い出したか定かではないが、口から口に語り伝えられたらしい。一説によると、安政の頃、壱岐沖で船数隻が烈風を受けて沈没、50人以上が死亡した。この事件以来早春の南風わ「春一」または「春一番」と呼んで恐れられたという。ほかに平凡社の世界大百科事典によると、民俗学者の宮本常一が長崎県の郷ノ浦を訪れて語を採集し、壱岐で用いられている語として『俳句歳時記』(1959)で紹介したとある。これをきっかけに、「春一番」は新聞などマスコミで使われるようになったという。朝日新聞1962年2月15日の朝刊で「春の突風」という記事で「強い南風は春一番と名付けられているが、その時期は毎年二月から三月上旬にかけて吹出す」して、「春一番」という語が使われたことから、2月15日を「春一番名付けの日」とされている。「春一番」、英語では、the firtst spring 、映画「七年目の浮気」でマリリン・モンローのドレスがまくれ上がるのは、「春一番」ではなくて、地下鉄の通気口から吹き上げる風だが、巨大モニュメントでは自然の風のように見える。(2月15日)

「お誕生日のうた」は最近、著作権が切れた

 老若男女、現代はどんな人でもマイク片手に歌を歌う時代である。カラオケの選曲に悩む方もおおいだろう。では世界中で一番よく歌われている歌は何か?ギネスブックにも登録されているのは、誕生日を祝うために歌われている「ハッピー・バースデー・トゥー・ユー」である。原曲は米国ケンタッキー州のミルドレッド&パティ・ヒル姉妹(Mildred J.Hill、Patty Smith Hill)が1893年に作詞・作曲した「みなさんおはよう グッドモーニング・トゥ・オール Good Morning to All」という合唱曲である。1920年前後にGood MorningとHappy Birthdayを替えた歌が広まった。当初この歌は、幼稚園の朝の挨拶の歌として歌われていた。ところが、この歌のメロディに別の歌詞がつき、替え歌の「ハッピー・バースデー・トゥー・ユー」が歌われたところ、大ヒットし、全世界に広まることになった。レコード化は意外と遅くて、ビング・クロスビーが歌った「Happy Birthday」が1947年にリリースされている。この曲については、ワーナー・チャペルミュージックとそれに反対する団体とであらそわれていたが、2015年に正式にパブリック・ドメイン(著作権なし)となった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家柄をあらわす「長い名前」

Photo_2 アメリカの実業家ビル・ゲイツの正式名は「ウィリアム・ヘンリー・ビル・ゲイツ3世」という。わたしは外国人のフルネーム(全名)にはまっている。とくに「長い名前」には興味がそそられる。例えば、ムガール帝国第3代皇帝アクバルの本名は、「ジャラールッディーン・ムハンマド・アクバル」。誕生名は「バドルッディン・ムハンマド・アクバル」。(むかしの本にはタタール・アルディン・マホメット・アクバルと書かれている)。ガンディーの本名は、「モハンダス・カラムチャンド・ガンディー」。アメリカ人なら誰でも「ドワイト・デーヴィッド・アイゼンハワ」ーとフル・ネームで知っているが、日本人のほとんどはアイゼンハワーしか知らない。サルコジの全名は「ニコラ・ポール・ステファヌ・サルコジ・ド・ナジ・ボクサ」。カダフィは「ムアンマル・アル・カッザーフィー」。ハワイ最後の国王リリウオカラニは「リディア・リリウ・ロロク・ワラニア・ウェウェヒ・カマカエハ・カパアケア・リディア・カマカエハ・パキ」と超長い名前だ。

    落語に「寿限無」があるが、元気で長生きするようにと、とにかく「長い名前」を命名する話。日本人で長い名前といえば、紀伊国屋文左衛門、飯尾彦六左衛門尉(応仁の乱頃の京都の人)、釈迦ヶ嶽雲右衛門(相撲、しゃかがたけくもえもん)などが漢字8文字である。江戸後期の兵学者、江川太郎左衛門英竜は漢字9文字。園芸研究家、小笠原左衛門尉亮軒も漢字9文字。西洋では長い名前は幸福がやっていると信じられるし、家柄が古くて由緒正しいことの証でもある。チャールス皇太子は「チャールズ・フィリップ・アーサー・ジョン」、ウイリアム王子は「ウィリアム・アーサー・フィリップ・ルイス」である。ドイツヴァイマル共和国第2代大統領ヒンデンブルク。正式名は「パウル・ルートヴィヒ・ハンス・アンドレ・フォン・べネッケンドルフ・ウント・フォン・ヒンデンブルク」(39字)と長い。画家のローレックも貴族出身で「アンリ・マリー・レイモンド・ド・トゥールーズ・ロートレック」(20字)。米女優のユア・サーマンが娘の名前を公表した。「ロザリンド・アルーシャ・アーカディーナ・アルタルーン・フローレンス・サーマン=ブッソン」(31字)という長い名前である。とても全部は言えないので、「ルナ」という愛称で呼んでいる。レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」のモデルとされるジョコンダ夫人の本名も長い。「リザ・ディ・アントニオ・マリア・ディ・ノルド・ジョルディーノ」(23字)が正式名だそうだ。ミケランジェロは正式には「ミケランジェロ・ディ・ロドヴィコ・ブォナローティ・シモーニ」(23字)。マリー・アントワネットの全名は「マリー・アンワネット・ジョゼファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・ドートリシュ」(27字)である。母の名は「マリア・テレジア・ワルブルガ・アマリア・クリスティーナ・フォン・エスターライヒ(31字)。30年戦争期のボヘミアの傭兵隊長アルブレヒト・ヴェンツェル・オイゼービウス・フォン・ヴァレンシュタイン(31字)。プロシアの鉄血宰相オットー・エドワルド・レオポルド・フュルスト・フォン・ビスマルク(26字)。セイロンの首相ソロモン・ウェスト・リッジウェイ・ディアス・バンダラナイケ(25字)。ヤセル・アラファトという名は通名であり、本名はムハンマド・アブドゥッ・ラウーフ・アル・クドゥワ・アル・フサイニー(27字)。鉄血宰相オットー・エドゥアルト・レオポルド・フェルスと・フォン・ビスマルク・シェーンハウゼン(34字)。フランス革命の軍人ラファイエットは「マリー・ジョゼフ・ボール・イヴ・ロシュ・ジルベール・デュ・モティエ・ラファイエット」(30字)。

 

    ピカソの本名はとても長くて書ききれない。カタカナで70字ある。「星の王子さま」で知られるフランスの作家はアントワーヌ・マリー・ジャン・バティスト・ロジュード・サン・テグジュペリ、カタカナで27文字。

 

    朝青龍の本名は「ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ」(15字)。本人の名前はダグワドルジだが、前に父親の名前が姓の代わりにつく。

 

  16字以下は普通である。ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ(16字、スリランカ初代大統領)、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(15字)、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(15字)、レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ(14字)、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(14字)、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(13字)、エル・グレコの本名ドメニコス・テオトコブーロス(12字)

 

 

 

 

徒然草の成立年代について

116851493015716555   本日は「徒然草」の作者として知られる兼好法師の正平5年(1350年)の忌日。「徒然草」の成立時期には数多くの説があり定説はない。従来の説として、今川了俊が、壁に張られたり、経文の裏書にあったりしたものを整頓させて出来たものだと伝わったが、いうまでもなく、後世の風流人のさかしらに拠る捏造である。諸説の大きな相違は、わずか数年で一気に書き上げたのか、十数年の歳月を費やしたかの見解のちがいがある。「徒然草」は古くは上下の二篇に分かれていて、兼好が37歳の頃、元応元年(1319年)には上篇の一部(37段まで)は成立していたとみられている。完成したのは、兼好が49歳の頃、元弘元年(1331年)9月20日とみられる。遅くとも後醍醐天皇の建武の新政(1333年)までには「徒然草」は完成していた。(2月15日)

 

漢字3000年の歴史と漢字制限

    漢字はもともと中国でうまれたもので長い歴史のため現在伝えられる漢字は、5万字以上(「康熙字典」)あるいは8万5000字(「中華字海」1994)あるといわれるが、実際に日常生活で使われるのは7000字前後(JIS第2水準)だろうか。戸籍で用いられる漢字は、IPAによると、5万8861文字ある。

    NHK「美の壺 漢字」台湾国立故宮博物院所蔵の顔真卿が安史の乱で非業の死をとげた甥を悼んで撰した祭文の草稿「祭姪文稿」が東京国立博物館で公開されている。ほかに王義之、欧陽詢、懐素、空海らの作品が一堂に会する。番組では漢字の歴史をコンパクトにまとめている。現代中国では簡体字のほかに、繁体字復権の兆しがあるのも興味深い。

    わが国の所謂「国語国字問題」での大きな節目となるのは幕末維新、文明開化の明治初期、昭和20年の敗戦時、そして現在であろう。前島密は郵便制度を日本に創った人物として知られているが、将軍徳川慶喜に「漢字御廃止の儀」を上申している。ついで明治になって、南部義籌(よしかず)や西周らは漢字を廃止しローマ字採用を唱えた。敗戦後、GHQは日本人の識字率が高かったので、ローマ字国字論は消えた。志賀直哉のように日本語そのものをなくしてフランス語にという極論も許されるほど価値観は混乱していた。文部省は昭和21年2月16日、戦前の常用漢字、標準漢字を修正して、当用漢字1850字を定めた。このとき当用漢字以外に人名用として特別に漢字92字が定められた。(その後も人名漢字285字と増加し、現在983字)。当用漢字は昭和54年に見直され、常用漢字1945字となった。つまり常用漢字と人名漢字と合わせた2928字が赤ちゃんの名前に使える漢字なのである。平成22年6月には改定常用漢字2136字、と増加している。

   漢字には長い年月にわたる東洋文化の英知が込められている。国民教育の普及に障害となるので明治以来、漢字制限と漢字普及で揺れているが、現代のような高学歴社会では逆に難読漢字を駆使しようとする漢字検定ブームも見られる。これから漢字の運命はどうなるのだろうか。漢字制限への批判を考慮してか、「改定常用漢字答申案」には「漢字表内の漢字だけで文章を書かねばならないという制限的なものではなく、振り仮名などを用いれば表外の漢字も使える」としている。

 

 

「箸が転んでもおかしい年頃」の語源

130478285925516115252_1304777913824   日常のたわいないことでもおかしく感じる年頃を「箸が転んでもおかしい年頃」と慣用的に表現する。とくに10代の思春期の娘にいい、今でもよく使われる。生田春月(1892-1930)に「若い女というものは箸が転んでも笑うと云うではないか」(随筆「聖書」)とある。大正時代には既に一般に使われていたと思われるが語源はよくわからない。

食中毒で死んだお釈迦さま

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  イエス・キリストは十字架磔刑の壮絶な死であったが、釈迦はどのようにして亡くなったのだろうか。前483年(前383年説もある)、80歳の老齢となって首都ラージャグリハを出て、自分の生まれ故郷のほうに向かって最後の旅に出た。途中、鍛治工チュンダの供養したキノコの料理を食べて激しい下痢をおこした。まもなく、クシーナガラ(現ビハール州カシア)の沙羅双樹の下で安らかに没したといわれる。涅槃絵は3月15日に行われる。(2月15日)

2024年2月14日 (水)

享年とは何か

 世界的指揮者・小澤征爾さんが死去した。ニュースで享年88歳とあるが、「享」とは何か。「享」とは、「受ける」の意で、天からさずかった寿命という意味である。以前の享年は数え年で表したが、近年では享年であっても満年齢で表すことが一般的になっている。また五歳の愛児を失っても、「享年五歳」とは言わない。天は、もっと多くの年を授けてくれているはずと思っているからだ。

 

ハイカラ(明治事物起源)

B0191160_0730100 明治初期、文明開化の時代になって、これまでにないほど多くの外来語が慣用による日本語化した発音に従って生まれた。ハンカチ、シャツ、カフス、リボン、ピアノ、カナリア、ダイアモンド、サイダー、コーヒー、コロッケ、ポケット、ガラス、キャベツ、ノート、インク、ランプ、ベッド、バケツなどなど。明治初期外来語の中には、現在も使われている言葉もあれば、死んだ言葉もある。「ハイカラ」はハイカラー、つまり、丈の高い襟という意味だが、転じて、西洋風を気取るという意味で明治期広く使われた流行語だが、現在では死語といってもよい。

  「ザンギリ頭を叩いてみれば文明開化の音がする」と歌われた明治初期、断髪令が明治4年に発令され、それに合わせて洋服も急速に普及していった。ハイカラと洋服とは深い関係がある。明治31年ころ、東京毎日新聞の記者であった石川安次郎(号は半山、1872-1925)が「ハイカラ」という語を、「当世人物批評」紙上にかかげて新帰朝者を冷評したことに始まる。ハイカラはたけの高いカラ(高襟のシャツ:high collar)のことで、洋行がえりの紳士が欧米で流行の高い洋襟やネクタイをつけて得意となり、その風がきわめてキザにうつって仕方がなかったので、それを皮肉ったのである。それがいつしか一般にも広まり、灰殻(はいから)という言葉の音が、いかにも吹けば飛ぶような感じをあたえるので、キザで生意気または洒落者などの軽佻浮薄の徒という意味にもちいられたのである。それに対して外交官の小松緑が文明的、進歩的な意味だと弁護したことから、最初は舶来かぶれのキザ男が、やがて洒落者や最新流行ものの肯定的な意味でも使われるようになっていった。「蛮カラ」は「ハイカラ」をもじってできたできた言葉である。

 

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 石川安次郎

 

 

 

 

消えゆく義理チョコ

Choco_b1wp_320    バレンタインデーが終わると、スーパーではチョコの半額セールをする。1000円が500円。贈答品なので、それでも割高感がある。義理チョコを禁止する企業や官庁もあるそうだ。ある調査によると義理チョコを贈ると回答した企業のほうが業績が良い会社が多いことがわかった。「義理チョコ」と「業績」との一見無関係のように思えるが、職場のコミュニケーションの活性化として捉えれば侮れない行事である。例によって「義理チョコ」は広辞苑には解説がない。ことばそのものがいつごろから生まれたのか分からない。一説によると、「バレンタインデーは1970年代半ばに定着した。しかし当時は義理チョコは存在せず。義理チョコは80年代に入ってから始まり、バブル経済と共に一般化された」(TBSラジオ「キラキラ」2011年2月14日放送)。しかし私の記憶では1975年前後、すでに職場の皆にチョコを配る女性がいたように思う。最近は義理チョコは衰退して、推しチョコとか、自分へのご褒美というのが流行の兆しを見せている。(参考文献:「バレンタイン狂想曲はもう終焉か?義理チョコの終焉」週刊東洋経済1996.3.2記事) ことばの疑問

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年2月13日 (火)

月夜釜

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  「月夜に釜を抜かれる」(江戸いろはかるた) 

 

明るい月夜に釜を盗まれる意から、ひどく油断することのたとえ。

   これとは別に中国には「月夜に釜を掘り出す」という故事がある。意味は「思いがけない幸運に出会う」。後漢の郭巨は妻とともに貧しい中で老母に孝養を尽くしていた。ふたりの間に男の子が生まれたが、子を育てると母への孝養が尽くせないと相談した。わが子を埋め死なせようと、穴を掘ったところ、「天郭巨に賜ふ」と書かれた黄金の釜が出たという。天がその孝心に感じて黄金の釜を与えたと伝える話である。子殺しなので現代では通用しない故事である。

2月なのに春の陽気

 他人のブログ記事に「連休明けの小春日和の一日でした」とある。野暮を承知でいえば、「小春日和」は晩秋から初冬にかけての11月ごろ、肌寒い日が続くなかで、ときに春のような暖かい日が訪れる。それが「小春日和」である。

スイートピー

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  スイートピーはシチリア島だけに自生する野生の花でフランシス・クパーニ司教が、1699年に種子をロンドンのロバート・ユーヴデイル博士に送った。この人物は多くの珍しい種の愛好家で、当時はまだスイートピーは雑草扱いだった。その後イギリス王室で愛され、品種も多彩になった。やがてアメリカへ移り、温室で栽培された。モナコ公国のグレース后妃も「古風なスイートピー」を好んだ。日本では松田聖子の「赤いスイートピー」が結婚式ソングの定番になっている。実はスイートピーの花言葉は「別離」なので、結婚式にはあまりふさわしい歌とは言えない。(森山厄介)

 

 

認知症予防には「運動+しりとり」を!

   日本の認知症患者の割合がOECD加盟35か国の中で最も高いことがわかった。認知症は誰でも高齢になるとやってくるりで早期発見が大切だという。軽度の兆候としては、小股歩行や手の震え、意欲の低下、集中力の低下、幻視などである。認知症予防としてデュアルタスク(二重課題)をキャンペーンとして展開している。デュアルタスクとは2つの作業を同時に行うこと。つまり運動+脳を使う、この2つを同時に行うと認知症防止に効果的である。おススメは、まず低いステップ台を用意し、左右の足を交互に台にあげる。そのとき背筋を伸ばすのがポイント。そして「さくら→らくだ→だるま→マントヒヒ→日の出→ディオゲネス→須恵器→キサントプロテイン反応→ウィクリフ→ファルセット→トスカネリ→リサジュー図形→イサク→クレオパトラ→ラトヴィア→アレッサンドロ・バリニャーノ→乃木坂46→SMAP→プランクトン→ンゴロンゴロ自然保護区→クサンチッペ→ペーター・カーメンチント→トルデシリャス条約→クリフクライム→ムンプス難聴→うかれ猫」と言葉を続けていく。これを1日30分、週に3回以上する。

 

 

世界大戦で2度も敗れた国

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 トラキア人の墳墓

 

    1940年11月20日、ハンガリーは日独伊三国同盟に加盟した。ドイツ・オーストリアの他に、第一次、第二次世界大戦、2度ともに敗れた国はハンガリーとブルガリアである。ハンガリーは1914年に始まった第一次世界大戦にやぶれ、オーストリア・ハンガリー二重帝国は崩壊。ハンガリーは国土の3分の2を失った。1930年代になると領土の回復を求める運動が高まり、ナチス・ドイツに近づき、三国同盟に加わり、参戦するが、途中で停戦しようとしたため、1941年にドイツに占領され、1945年2月13日にソ連軍により解放される。 

   ヨーロッパのバルカン半島北東部に位置するブルガリアは、古来より東西を結ぶ交通の要地にあり、紀元前はトラキアと呼ばれていた。7世紀後半、タタール系のブルガリア民族が侵入、681年にブルガリア王国が成立。1018年東ローマ帝国領となり、1186年独立したが、1396年トルコに征服された。1908年ブルガリア王国として正式に独立を宣言した。第一次大戦では同盟国側に参戦し敗戦。1919年に連合国と講和条約(ヌイイ条約)を締結、多額の賠償金の支払いは小国ブリガリアにとって大きな負担となった。第二次大戦では1941年に日独伊三国同盟の枢軸国に加盟したが、国内では反ナチスの祖国戦線が結成され、1944年親独政権は倒され、1947年ブルガリア人民共和国が成立した。

    第一次大戦でその動向が注目されるのはイタリアである。イタリアは1882年以来、伊独墺で三国同盟を結んでいたが、イタリア政府は中立を宣言して戦局の推移を見守った。しばらく参戦への態度を決しかねていたが、サラウンドラ首相・ソンニーノ外相は1915年4月26日、秘密裏に英仏とロンドン条約を結んで、協商側につく見返りとしてトレンティーノ・トリエステ・ダルマーツィァを取得する約束を得た。この秘密条約にもとづいて政府は三国同盟を破棄し、5月24日オーストリアに対する宣戦を布告する。戦争には悲惨な犠牲を払いながらも、1918年11月3日勝利する。

 

 

 

 

苗字をつけるべし

Habe 本日は苗字制定記念日。江戸時代、苗字を使っていたのは貴族と武士だけだったが、明治3年9月19日、「平民苗字許可令」により平民も苗字を持つことが許された。しかし、苗字を附けたら税金を課せられるという噂が広まり、なかなか苗字を名乗ろうとする者は少なく、苗字制度はなかなか確立しなかった。そこで明治8年2月13日「平民苗字必称義務令」を出し、国民が姓を名乗ることが義務づけられた。推進者は大久保利通である。いきなり苗字を考え出して名乗るわけだから、おもしろい苗字も数多くできた。富山県射水市の新湊にはめずらしい苗字が多く残っている。「釣」「網」「魚」「波」「海老」「米」「菓子」「酢」「飴」「風呂」「桶」「地蔵」「牛」「菊」などがある。今まで、苗字を持っていなかった人々は、自分の妙寺を考え作るのに、ずいぶん苦労したと思われる。

    「名字由来net」が便利だ。たとえば「剛力」と入力し検索すると、読み「ごうりき」、全国順位42871位、全国人数およそ60人。静岡県発祥の高力氏と関連する説もあると解説。難読稀姓調べによい。「中二病でも恋したい」のヒロイン小鳥遊六花。「小鳥遊」は難読稀姓の典型例だが、「たかなし」と読む。信濃国の高梨盛光が、長男に高梨、次男に鳥梨、三男に小鳥遊、四男に仁科の姓を与えたことからと解説する。小鳥が遊ぶ→天敵(鷹)がいない→たかなし。映画監督の神代辰巳の「くましろ」は珍しい。「四月一日」は「わたぬき」と読む。四月一日に綿入れの着物から綿を抜くから。

 

 

2024年2月12日 (月)

死人に鞭打つようなもの

    「死屍に鞭打つ」という言葉がある。亡くなった人を悪く言う。死後など、その人の悪口を言う。また、むごいことをする意のたとえ。SNSの時代、離婚など元カレ、元カノの悪口にもつかわれる。言葉の起源は中国の伍子胥の故事にある。中国でもっとも不道徳な行為とされた「墓あばき」や復讐心をいだき父と兄の讐にむくいた「臥薪嘗胆」の故事にまつわる武将である。古代のバビロニアの律法には、人がもし他人の生命を奪ったときには、その生命でもって償わせ、目を傷つけたときには目でもってそれを償わせるという掟があった。さきごろの日本人の世論調査によると、「凶悪犯罪は命で償うべきだ」という考えの人が年々増加しているらしい。死刑容認は85.6%と高い。これは国際的な流れからみると驚くべき高さである。いまの世界の趨勢は死刑廃止に向かいつつあるが、日本の国民感情は独自の方向に進んでおり、2008年に国連規約人権委員会が「世論に関係なく廃止を検討すべきだ」と勧告しているが、「将来も死刑は廃止しない」という意見が国民の間には根強い。死刑容認の理由としては「廃止すれば被害者や家族の気持ちがおさまらない」ということが一番大きいように思える。日本人とキリスト教が根底にある国との違いがその点にあるように思える。キリストは「目には目を」に対して、そういうことをしていては、恨みがいつまでも続くと考えた。彼は復讐を認めない。「汝の敵を愛せよ」というキリストの根本の教えは永遠に日本人には受け入れられないだろう。日本人にはキリストよりも伍子胥を支持する者が多いようだ。

目からウロコ

 「目からウロコが落ちる」現代でもよく譬えとして使用される。あることがきっかけに、物事の本質がよく理解できるようになることのたとえである。由来は意外にも新約聖書使徒行伝とある。

レトルトカレーの日

 昭和43年のこの日、日本初のレトルトカレー「ボンカレー」が発売された。最近あまり動向を聞かない政治家、小沢一郎。カナリア、インコ、文鳥など、小沢一郎が自宅で飼っている小鳥は40羽以上いる。これらの小鳥のえさやりなど世話をするのは、住み込みしている書生たちの仕事である。小沢邸では働いている秘書や書生は常時20人ほどいる。午前5時に起こされて、庭の草むしり、犬の散歩、小鳥の世話、朝食の準備、と目の回る忙しさ。あるとき小沢はゴミ箱から封を切らないレトルトカレーを見つけた。「お前はボンカレーを捨てただろう」と書生にいった。「先生、賞味期限を1ヵ月も過ぎていました」と書生は答えた。「実際に食べてみてダメだと思ったら捨てろ。食べてもいないのに表示だけを信じるな」と小沢は注意した。人の噂やレッテルをむやみに信じず、自分で体験して納得したことだけを信じろと諭したのである。(2月12日)

 

ケンタッキー州

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 ケンタッキー州の州会議事堂

 

   ケンタッキー州はアメリカ合衆国中部南東寄りに位置する。アパラチア山地の西では最も早く開け、1748年にトーマス・ウォーカーが開拓を行い、続いてダニエル・ブーンがケンタッキー川に沿ったブーンズボロを建設した。もちろんその前に、インディアンがたくさん住んでいた。ケンタッキーという地名は、インディアン語のケンタケ(牧草地、平原)が語源。1776年ヴァージニア州の1郡となり、1792年に州となった。エイブラハム・リンカーンは1809年ケンタッキーで生まれた。南北戦争では北部のリンカーン、南部のデーヴィス両大統領がケンタッキーの出身で、州は中立を守り、州民は両軍に分かれて参戦した。

   ケンタッキー州の別名、ブールグラスとは学名ナガハグサというヨーロッパ原産の牧草のことである。この牧草は、レキシントンを中心にこの州でよく育ち、馬や牛がとくに好む。このためケンタッキー州は馬の飼育地として有名である。毎年、ルイビルで行われるケンタッキー・ダービーは、1875年から開催されている。このほかケンタッキー・バーボンとして有名な、バーボン・ウィスキーの材料となるトウモロコシも産出される。リンカーン大統領の父親がケンタッキー州からインディアナ州へ移るとき、彼は20樽のバーボンウィスキーと現金20ドルをもって行った、といわれる。

    しかし今日ケンタッキーといえば、カーネル・サンダースのケンタッキー・フライドチキンが最も有名であろう。ハーランド・デーヴィッド・サンダース(1890-1980)は、1930年9月、ケンタッキー州のコービンで、ガソリンスタンドの一角を借りて客席わずか6つの小さな食堂を始めた。「もし美味しくなかったらお代はいりません」という自信と、お客一人ひとりと会話を交わすもとなしから食堂は繁盛する。だが高速道路の開通で客が激減、そこでフランドチキンをワゴン車で巡回販売した。これがケンタッキー・フライドチキンの始まりである。日本進出は万博年の昭和45年、名古屋でオープン。店頭に置かれたカーネル・サンダース像は典型的な「南部の紳士」を象徴する白いスーツを着用している。(Kentucky)

 

 

もうすぐバレンタインデー

Photo   バレンタインデーにチョコレートを贈る習慣は日本だけとよくいわれる。この時期だけで、年間売上高の約3割が売れるという。ただし、義理チョコといわれる習慣はほぼ廃れたと思われる。広辞苑に拠ると、バレンタインデーにチョコレートを贈ることは「1958年頃より流布」したとある。しかしバレンタインデーにチョコレートを贈る習慣は日本特有のものではなく、1868年イギリスのチョコレート会社キャドバリー社がギフト用チョコレートボックスを製造し世界に広まったらしい。日本では神戸モロゾフ社が英字新聞「ザ・ジャパン・アドバタイザー」(1936年2月12日)の広告を出した。1958年2月12日には新宿の伊勢丹でメリーチョコレートが日本で初めてのバレンタインデーのチョコレートを販売した。

Bill3  1960年からは森永製菓がバレンタインデーの宣伝を大々的にするようになり、1970年代には女性が男性に愛情の告白としてチョコレートを贈ることが浸透した。だがギフト商品はチョコレートだけにこだわらず、ハンカチ・ネクタイなどの小物、ウィスキー・シャンパンなどお酒、香水などギフトとして喜ばれる。(St.Valentine's day,chocolate)

 

 

生没同日の著名人

Photo     坂本龍馬は慶応3年(1867年)のこの日、京都近江屋で中岡慎太郎とともに暗殺された。旧暦で奇しくも龍馬の誕生日と同日であった。歴史上、生れた日と死んだ日が同日の著名人がいる。太宰治は昭和23年6月13日、愛人の山崎富栄と玉川上水で入水自殺した。2人の遺体は奇しくも太宰の誕生日である6月19日に発見された。そのため今官一(1909-1983)によって6月19日を「桜桃忌」と名づけられた。ウィリアム・シェークスピアは正確な誕生日は不明であるが1564年4月26日に洗礼を受けたことが記録に残っており、推定で23日が誕生日とされ、1616年の同日に、この世を去っている。室町幕府6代将軍足利義教は1441年の誕生日に赤松義祐に暗殺された。国学者の夏目甕麿(1773-1822)は溺死している。(旧暦同日)夏目は当時伊丹に住んでおり、昆陽池で遊んでいて溺れた。

冒険家植村直己(1941-1984)は2月12日、43歳の誕生日にマッキンリー世界初の厳冬期単独登頂を果たしたが、翌2月13日以降は連絡が取れなくなって、消息不明となった、命日は2月13日としている。

   ラファエロ・サンティ、ポルトガル王エンリケ1世、リロイ・ジェームズ(熊本洋学校指導者)、イングリッド・バーグマン、五姓田芳柳(洋画家)、小津安二郎、藤間林太郎、船越英二、バッキー・ハリス(米野球選手)なども誕生日と命日が同じ(生没同日)である。(11月15日)

 

 

 

 

2024年2月11日 (日)

紫式部と清少納言

Photo     紫式部(979?-1016?)と清少納言は同時代の女流文学者だがどちらが年上だろうか。ともに生没年不詳だが、清少納言は966年に生まれ、治安・万寿年間(1021~1027)に没したとあるから、清少納言が先に生まれ長く生きたらしい。

    紫式部の生家は、父方は藤原冬嗣の六男良門を遠祖とする名門で、同門の中に文人・歌人が多く出ているし、父為時は詩文において当代一流の名手であり、兄惟規は歌人として知られていた。母方は藤原冬嗣の一男長良を遠祖とする名家で、母は藤原為信のむすめである。

    紫式部は生まれつき鋭い頭脳をもち、記憶力に富んでいた。「紫式部日記」によると、幼いころ兄の惟規よりも早く史記を聞きおぼえたので、父の為時は「この子が男であったらなあ」と嘆いたという。式部は天元元年頃に生まれ、長保元年、22歳のとき、48歳くらいであった藤原宣孝と結婚し、翌年一女大弐三位を生んだが、長保3年には夫宣孝と死別した。その後6年間は父の邸で寡婦生活を送っていたが、寛弘4年、式部30歳のとき、藤原道長に見出されて、一条天皇の中宮上東門院彰子に仕えた。式部の没年については諸説があるが、長保5年頃に39歳くらいで没したとするのが通説である。

   「源氏物語」の成立事情についても不明な点が多い。夫宣孝に先立たれてから、つれづれの寡居の日々に、自身の内的欲求に駆られて筆を染めたのであろう。「紫式部日記」寛弘5年(1008年)11月1日の記事によれば、道長の土御門邸で敦成親王の誕生50日の祝宴が催された。この折、酒に酔った藤原公任が、「あなかしこ、このわたりにわか紫やさぶらふ」と戯れかかったのを、式部は「源氏にかかるべき人も見え給はぬに、かの上は、まいていかでものし給はむ」と聞いていたという。次いで旬日を経た同日記には、内裏還啓を間近に控えた中宮のもとで、頻りに冊子作りの営まれていた模様が見える。従ってこの頃、「源氏物語」の殆ど、或は少なくとも「若紫」を含む第一部は完成し、宮廷人士の間でかなり評判になっていたと見てよかろう。

    源氏物語」は世界最古の長篇小説とよく言われるが、千年にわたって詠み継がれてきたこになる。参考書には、岩波書店「日本古典文学大系」の「源氏物語」があり、注釈書には、金子元臣「源氏物語新解」、吉沢義則「対校源氏物語新解」、池田亀鑑「源氏物語新講」、島津久基「源氏物語講和」など。現代語訳では、与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、村山リウ、田辺聖子、瀬戸内寂聴など。

皇女和宮と天璋院篤姫

Photo  文久2年のこの日、将軍徳川家茂と皇妹・和宮との婚礼が行われた。政略結婚にもかかわらず、家茂と和宮は仲睦まじく暮らすが、家茂はその4年後に病死、和宮は21歳で未亡人となる。このとき江戸城大奥を完全に支配していた人物は、天璋院篤姫であった。篤姫は薩摩藩から13代将軍家定に嫁ぎ、家定の死後は14代将軍の家茂を補佐する。皇家から嫁いだ和宮と初めて対面した際、篤姫は上座に座り、菌(しとね)の上に着座したのに対し、和宮は下座に座らされ、しかも菌がなかった。和宮はこれを屈辱に感じ、以後2人の間には確執が生れた。だが、徳川家が窮地に立たされると、それぞれの立場から、官軍に江戸攻撃の中止と徳川家の存続を訴えかけた。和宮は「公武一和」の旗印のもとで、姑である天璋院篤姫とともに、徳川宗家を守り抜くことに婦道を全うした。女の一分を貫きとおした二人である。(2月11日)

 

 

神武天皇と金鵄

00a1a532  本日は建国記念の日。戦前派の人には「紀元節」といったほうがわかりやすい。古事記によれば、我国の天地創造の神はイザナギノミコトとイザナミノミコトである。この二柱の神がまず淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡を生み本州を生んだ。そして、太陽神であるアマテラスやスサノオらの三五柱の神々を生んだ。そしてアマテラスの孫のニニギノミコトが天孫降臨する。ニニギとその妻コノハナサクヤの間にホテリノミコト(海幸彦)やホトリノミコト(山幸彦)が生まれ、山幸彦と豊玉姫の孫が神倭伊波礼毘古命つまり神武天皇ということになる。神武天皇は日向の高千穂宮にいたが、東方の大和地方の諸勢力を平定した。最後に苦戦したとき金色の鵄が弓にとまり、その輝きで勝利したという。日本書紀では辛酉年春正月庚申(紀元前660年2月11日)に即位したことになっている。明治になって各地でこの日を祭日として式典として開催するようになった。1889年帝国憲法公布を2月11日にしたときから、紀元節奉祝がいちだんと盛大となる。やがて軍国主義の高揚とともに太平洋戦争期、重大な祝祭日となっていた。

 

 

 

 

2024年2月10日 (土)

ハーグ密使事件(1907年)

 1905年の第2次日韓協約によって、韓国は日本に外交権を接収され保護国とされた。1907年、オランダのハーグで開催中の万国平和会議に排日派が皇帝の密約を送り、日本からの独立を提訴した。しかし会議参加を拒否されて成功しなかった。この事件で皇帝は譲位、第3次日韓協約を締結。韓国軍隊は解散させられ内政権は総督府の監督下におかれ、後に韓国併合条約が締結さけた。

 

クロエ・グレース・モレッツを知っていますか?

   本日はクロエ・モレッツの27歳の誕生日。いま世界中でトップクラスの人気の若手女優。1997年2月10日、ジョージア州アトランタ生れ。身長163㎝。芳根京子、小芝風花(大奥)、杉咲花(ハケン占い師アタル)、桜井日奈子(僕の初恋をキミに捧ぐ)、今田美桜(3年A組)と同じ年頃。父は医者で母は看護士。兄が4人いて、その中の一人トレヴァー・デューク・モレッツが演劇学校に合格した時に、母や兄と共にニューヨークに移る。7歳のとき映画「悪魔の棲む家」に少女チェルシー役で出演。最初は少女モデルをしていたが、2010年の「キック・アス」で演じたヒット・ガール役が評判を呼び、一躍注目の少女スターとなった。「キャリー」(2013)や「フィフス・ウェイブ」(2016)で人気ナンバーワンとなる。人気絶頂の頃、加工した画像がネット上に拡散され、「身体醜形症」に悩まされた。2年ほど休養後、復帰。夢は郊外に牧場をもつことだそうだ。正式名はクロエ・グレース・モレッツだが、最近はミドルネームのグレースを外した名前でクレジットされる。新作は「トムとジェリー」。Chole Grace Moretz,Hit Girl

2024年2月 9日 (金)

ハリウッド「名声の歩道」

   ハリウッドの観光名所の一つ、ウォーク・オブ・フェーム。映画・テレビ・ラジオ・音楽などハリウッド・エンタメ界で活躍した著名人の名前が星型のプレートに5㎞に渡り歩道に刻まれている。1960年のこの日に女優のジョアン・ウッドワードが最初の星を獲得した。チャールズ・チャップリン、ダグラス・フェアバンクス、ルドルフ・ヴァレンティノ、グレタ・ガルボ、マレーネ・ディートリッヒ、ゲーリー・クーパー、ジュディ・ガーランド、フランク・シナトラなどなどハリウッドのスターの歴史である。20世紀のセックス・シンボル、マリリン・モンローは謎の死を遂げる2年半前、1960年2月8日、星が贈られ式典が行われた。ハリウッド商工会議所は2016年の映画部門に三船敏郎を選出した。これまで日本関係では早川雪洲、マコ岩松、ゴジラが「星」に選ばれている。「世界のミフネ」何をいまさら、遅すぎる、という感じがする。最近では2019年にアン・ハサウェイが仲間入りした。現在、2500以上の星がある。(2月9日)

 

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北方の探検と蝦夷地対策

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 天明6年ころから幕府の命により蝦夷地の調査がはじまり、大石逸平、最上徳内、近藤重蔵、中村小市郎、高橋次太夫、松田伝十郎、間宮林蔵らが活躍する。文化6年2月9日、間宮林蔵は間宮海峡を発見、樺太が島であることを確認する。

1785年 最上徳内、蝦夷地探検

1786年 最上徳内、蝦夷地探検

1798~99年、近藤重蔵、最上徳内の探検

1800年、伊能忠敬の測量

1807年、近藤重蔵の探検

1808年、間宮林蔵の探検

1809年、間宮海峡の発見

1845年、松浦武四郎の探検

 松浦武四郎は1818年、伊勢国一志郡須川村(現・松阪市)の郷士として生まれる。10歳頃から諸国遍歴の志を抱き、1832年に江戸に出たのを契機に、翌年から本州、四国、九州の名跡、山岳をくまなく巡り、探検を志す。最初に蝦夷地へ渡ったのは1845年で、西蝦夷の瀬棚まで到達したが旅人取締が厳しく箱館へ引き返す。ここで松浦家家臣の計らいによって、東蝦夷の知床岬まで探検することができた。翌年には北蝦夷地(樺太)勤番役の従僕として樺太探検を果たす。さらに1849年には国後、択捉両島を探検し、この頃から蝦夷地として広く知られるようになった。1855年箱館奉行になった堀利熙の推挙により、同年12月幕府御雇に登用された。蝦夷地の上地により、翌年蝦夷地請取役向山源太夫手付として蝦夷地を一周し、さらに1857年に東西蝦夷山地理取調御用を命ぜられ、主要河川を遡って内陸部まで詳細な調査を行い、報文日誌を作成している。1859年御雇を辞任して著述生活に入ってからも数多くの著作を刊行した。

    新政府誕生後、1868年東京府付属、次いで翌年には開拓使判官に任用され、北海道名及び国郡名の選定などを行ったが、アイヌ救済など政府の政策に同調できず、翌年辞任と同時に従五位の官位も返上する。その後は全国遊歴と著述で余生を送り、1888年東京神田の自邸において没した。

 

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  松浦武四郎書簡

2024年2月 8日 (木)

佐々木希

 女優佐々木希さんの35歳の誕生日。昨年に第2子を出産し、2児の母として仕事と子育てとの両立に奮闘している。佐々木が出演しているドラマ「アイのない恋人たち」が面白い。佐々木は高校時代はピアニストを目指す優等生であったが、現在は一過性の恋と酒に溺れる日々を送る稲葉愛に扮する。売れない脚本家・久米真和役に福士蒼汰が扮して、岡崎紗絵との愛のはざまに悩む。他に本郷蒼多、成海璃子らが出演し、群像恋愛劇は令和の「思い出づくり」「ふぞろいの林檎たち」になるか。(2月8日)

 

 

 

フルネームで覚える外国人名

200pxmatthew_calbraith_perry    幕末に艦隊を率いて鎖国の日本に来航し、開国に成功した米国のペリーの名前は日本人なら知らない人はいない。しかしフルネームで言えるだろうか。マシュー・カルブレイス・ペリーというが、フルネームで覚えている人は意外と少ない。「ヘボン」と聞けば、誰しも「ローマ字」を思いうかべるであろう。正しくは「ヘプバーン」と表記すべきだが、当時の日本人にはヘボンと聞えたらしく、一般に今でもヘボンで通用している。しかし「ジェームス・カーチス・ヘボン」とフルネームを言える人は少ない。幕末に西洋医学を伝えたシーボルトもしかり。フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルトである。WHOの事務局長テドロスもフルネームでは覚えにくい名前である。正式にはテドロス・アダムノ・ゲブレイェソス。

 

    これは学校教育と関係していて、外国人名は試験などではフルネームまで覚えることを求めていない。おそらく暗記事項の負担を考えて、フルネームの暗記は必要なし、というのが明治以来の伝統である。しかしこれは初学者であればよいが、歴史を専門に学ぶ者にとっては大きなツケがまわってくる。19世紀オペラの作曲家リヒャルト・ワーグナー、ジュゼッペ・ヴェルディはフルで言えるが、ロッシーニのフルネームが言えるだろうか(ジョアキーノ・ロッシーニ)。チェンバレンなどジョゼフ、オースティン、ネヴィルなど注意深く区別する必要が生じてくる。将来歴史家になりたいなら、やはり若いうちからフルネームで覚えておく習慣をつけておくのがよい。

 

「ごま」英語で何という?

 「ごま」はsesame(セサミ)。アメリカの幼児番組に「セサミ・ストリート」がある。この名の由来は、「アラジンと四十人の盗賊」という話にあるる。「開け、ゴマ」という呪文からきている。「開け、ゴマ」は英語では「オープン・ザ・セサミ」である。開けゴマの呪文のように、幼児には馴染み深いセサミを題名に使ったのである。

 

 

排蘆小船(「ア」事項索引)

Alticamelus[  あ  ]

 石川さゆりの「あぁ・・・あんた川」はカラオケのインデックスで一番最初にでてくるのをねらって曲名をつけたようだ。▽俳優の斎藤工はレンタルビデオ屋で、映画のタイトルの「あ」から順番に借りて見ていった。1925年のフランス映画「ああ無情」(アンリ・フェスクール監督)が最初の一本か。▽「アイルロポダ・メラノレウカ」とは何か。上野動物園でもお馴染みのジャイアント・パンダの学名である。この世の中、すべての知的活動は人種・民族を問わず全て言葉と文字で成り立っている。そこで先ず「ア」で始まる語句・用語、主要な人名・地名を徹底的に探しまくる事項索引インデックス。

「アーイラ」アラビア語で「家族」や「共同体」を意味する。▽「アーウー」1978年11月に大平正芳が首相になった。牛のようにもっさりした風体に、「アー」とか、「ウー」とやたら間延びした口調で演説したことから、この年の流行語になった。▽「アーケアンサス」白亜紀に生息した被子植物の一種。学名は「最初の花」を意味しており、花はモクレンに似ている。▽「アーティゾン美術館」東京・京橋にある日本・西洋美術を絵画を中心に幅広く収集している。旧・ブリヂストン美術館。▽「噫呼無情」ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」黒岩涙香訳。▽「アーガイル」菱形格子柄(の靴下)。▽「アアフメス」前16世紀中頃のエジプトの書記官。▽「アーホテッブ」エジプトの女王。?‐紀元前1546)。▽「アイオナ修道院」563年に聖コルンバがアイオナ島に創建した中世ケルト教会の修道院。▽「アイダ」小惑星ディディモスを周回する小さな衛星ディディムーンの小惑星に宇宙船を衝突させて、その軌道を変更することができるのか。このミッションをNASAはアイダ(AIDA)と呼んでいる。Asteroid Impact & Deflection Assessmentの略称。▽「アイゼナハ」ドイツ中部の年。1869年ドイツ社会民主労働者党(アイゼナハ党)を結成した地。作曲家バッハの生地。▽「アイソザイム」同一個体内で、同一の触媒反応を行うが、化学構造が異なる酵素の総称。イソ酵素。▽「壒嚢鈔(あいのうしょう)」室町時代に編纂された辞典。▽「アイメリア」Eimeria脊椎動物の消化管上皮細胞に寄生する原生動物。▽「アイバク」インドの奴隷王朝初代のスルタン。在位1206年ー1204年。▽「アイルランガ王」11世紀インドネシア、ジャワ島に繁栄してクディリ王国の君主。▽「アインハルト」カール大帝の秘書。710-840。その著「カール大帝伝」は中世伝記文学として価値がある。▽「アウスピキウム(鳥占)」ローマの政務官や将軍は、民会の開催や戦闘の開始といった公的な活動を行なうとき、それらが神々の意にかなうか否か占いで確かめた。占いには鳥がよく用いられたので、この占いをアウスビキウム、アウグル(鳥占官)という。▽「アウタルキー」経済的自給自足。国民経済の自立を目指して、原料の自給化、外国依存の廃止をはかる政策。Autarkieは1930年代のドイツでブロック経済の意味で使われたが、もとはギリシャ語の「自給」の意。▽「アウディエンシア」audiencia スペイン・カスティーリャ王にあった高等司法裁判所。▽「アウト・デ・フェ」中世スペインの異端判決宣告式。15世紀末から16世紀はじめ、スペインの宗教裁判はその残酷さで悪名高かった。アウト・デ・フェ(auto de fe)とは「信仰の成せるわざ」を意味する。▽「アウフヘーベン」Aufheben(独語)「止揚」などと訳されているが、普通はただ「やめる」という意味。ヘーゲルが弁証法的発展を示す特殊なことばとして使用した。▽「阿吽の呼吸」二人以上で何かをするときに、おたがいの微妙な調子や気持ちがぴったりと合っているいること。「あうん」とは古代インド語で、「阿」は吐く息、「吽」は吸う息を意味する。▽「青いバナナ」ブルーバナナ。イギリス南部からドイツ西部とフランス東部を経て北イタリアにいたる地域で、特に経済的、人口的に発展しているバナナ型の地帯のこと。▽「アオザイ」ベトナムの女性用民族衣装。「アオ」とは「上着」、「ザイ」とは「長い」を意味する。▽「赤潮」プランクトンが大量に発生することによって、海水の色が変わる現象。▽「アカンソル」鉤頭虫類。口と消化管のない腸寄生虫。中間宿主中に二つの異なった幼生形がある(アカンソル=鉤幼虫からアカンテラとなる)。最終宿主は脊椎動物。▽「飽咋之宇斯能神」伊耶那岐神が禊を祓い、投げ捨てた冠から生れた神。▽「木通」アケビ科の蔓性落葉低木。4月頃淡紅紫色の花をつける。果実は長楕円形で、果皮は紫色を帯び、果肉とともに食用、木部は薬用となる。▽平凡社の世界大百科事典33(1972年版)の総索引を見ると、「ア」は「阿」「ああ革命は近づけり」「ああ玉杯に花うけて」「ああそはかの人か」「嗚呼忠臣楠之墓」の順に項目が並んでいる。▽「アア溶岩」玄武岩質溶岩の表面がガサガサで棘々しい状態になったもの。「アア」はハワイ語。▽「商場知行制度(あきないばちぎょうせいど)」江戸時代、松前藩が蝦夷地の一定の区域(商場)におけるアイヌの人々との交易圏を家臣に知行として与えた制度のこと。▽「アビダルマ」仏教の教説の解釈・注釈書。▽「阿毘曇心論」東晋の慧遠の漢訳。▽「アエピカメルス」(画像)中新世後期から鮮新世後期にかけての約2000万年前~200万年前に生息していたラクダ科の一種。背が高く、木の高い部分の葉を食べた。▽「アキテーヌ盆地」フランス南西部にあるアキテーヌ地方は大西洋に面した温暖な気候でボルドーワインの産地ボルドーがある。▽「阿闍世コンプレックス」阿闍世とは、サンスクリット語で「アジャータシャトル」といい、未生怨すなわち出生以前に母親に抱く怨みの事を意味する。▽「排蘆小船」あしわけをぶね。本居宣長の歌論書。▽「アシュヴァゴーシャ」古代インドの仏教僧侶。後80年頃~後150年頃。馬鳴。

275pxaskia   「アスキア墳墓」マリ共和国ガオ地方にあるソンガイ王国盛時のアスキア・ムハマンド1世の墓。▽「アストラハン・ハン国」15世紀から16世紀ヴォルガ川下流域、カスピ海北岸にあったトルコ系アストラハン・タタール族の国家。1556年ロシアのイヴァン雷帝に滅ぼされる。▽「ああ言えば上祐」オウム真理教上祐史浩は学生時代の英語のディベートで鍛えただけあって、立て板に水のごとく喋りまくった。この詭弁について、日刊ゲンダイの二木啓孝が命名したことばで、一言いうと倍以上の言葉が返ってくるという意味に使われた。1995年の流行語。▽「アイギストス」ギリシャ神話に登場する英雄。▽「阿弖流為(あてるい)」奈良末期・平安前期の蝦夷の族長。802年4月に降伏し、同年8月河内国杜山で斬刑に処せられる。▽「アルティメット」フリスビーを用いた競技の一種。▽「アイコン」書類やフォルダーに相当するプログラムを、その内容を象徴したデザインの絵文字で表したもの。▽「アイ・ハノン」Ai khanon アフガニスタン北部クンドゥズ東北方、アム川とコクチャ川の合流点に発見されたギリシャ文化の遺跡。▽「アシガバート」トルクメニスタンの首都。▽「アスクレーピオス」ギリシャ神話に登場する名医。▽「アステカ」1428年頃から1521年までの約95年間メキシコ中央部に栄えたメソアメリカ文明の国家。▽「アタラクシア(Ataraxie)」心の平静不動なる状態のこと。▽「穴熊」将棋用語で、香車の位置に王将が入り、金将・銀将で守りを固めるもの。▽「アポトーシス」細胞の自然死。▽「アルハンガイ」モンゴルの行政区(県)。逸ノ城の出身地。▽「アヌンチャタ」アンデルセンの即興詩人に登場するオペラ歌手。▽「アエノコト」石川県奥能登で古くから行なわれている新嘗の祭礼。▽「アンチョビーanchovy」いわし類の小魚。▽「アベノミクス」安倍晋三政権の経済政策。地域格差が拡大。▽「アサバスカ湖」カナダのほぼ中央に位置し、国内8番目に大きい湖。▽「藍大島」藍染めの大島紬。大島紬は鹿児島県奄美大島で生産される高級の紬で、泥染めが特徴である。▽「アステロイド ベルト」太陽系の中で火星と木星の間にある小惑星の軌道が集中している領域のこと。▽「アダダ」1987年の韓国映画。過酷な運命を生きる聾唖の美しい少女アダダの半生。シン・イエソ(申惠秀)主演。▽「アタナシウス派」323年二カイア宗教会議の正統派教父。その教理は三位一体説とロゴス・キリスト論にある。▽「アタワルパ」インカ帝国の実質的な最後の皇帝。▽「アチェ」インドネシア・スマトラ島。16~17世紀の貿易拠点として栄えた。▽「アミ族」台湾原住民のなかで一番多く14万8992人の人口規模を持つ民族集団。▽7「アメイジア」約2億5000万年後までに地球に出現すると考えられている超大陸。▽「阿里山」台湾嘉義県。▽「アルデバラン」おうし座で最も明るい恒星で、占星術では、富と幸福の前兆となる幸運の星といわれる。▽「アレンの法則」寒い地方にすむ動物は、暖かい地方に住むものに比べて、耳、鼻面、尾などの突出した部分が小さくなる傾向にある。▽「アンチョビー」片口イワシをオリーヴオイルで漬けたもの。▽「アバロウニ」 abalone アワビ。▽「アスターポヴォ」ロシアの文豪トルストイが没した駅名。▽「アイオワ州」アメリカ合衆国中西部に位置する「アメリカのハートランド(中心地)」と呼ばれる州。▽「アラリスク」カザフスタン共和国。かつてはアラル海の北端の漁港で栄えた港町。▽「アレシアの戦い」紀元前52年、カエサル率いるローマ軍がアレシアの戦いでアルウェルニ族のウェルキンゲトクス率いるガリア人に勝利する。▽「合せ砥」あわせど。刀剣・剃刀などを研ぐ時、仕上げに用いる砥石。▽「アングリラ・ジャポニカ」二ホンウナギの学名。Angurila japonica。▽「アンゴラ兎」トルコのアンゴラ地方産の兎のことで、純白の長い毛を持ち、高級毛織物の原料となるので、飼育が流行したが、たくさん飼い過ぎて失敗する者が多かった。▽「アンセルムス」1033-1109。カンタベリー大司教。スコラ学の父と呼ばれる。▽「安楽庵策伝」江戸前期の僧・咄家。

 

あ (大槻あかね著、こどものとも絵本)
あああああ(石崎虚空の詩集)
アアア・ア・ア(松島節の小説)
あああ あああ ああ渚のシンドバット(ピンク・レディー)
あ~あぁ やんなっちゃった(牧伸二)
ああ青森(平川幸夫の歌謡曲)
あぁ・・・あんた川(石川さゆりの歌謡曲)
嗚呼硫黄島(安藤富治著)
ああいう(「あのような」の意)
ああ言えば上祐
亜愛一郎の転倒(泡坂妻夫の小説)
あゝ!一軒家プロレス(2004年の久保直樹監督の映画)
ああ青春
アイルロポダ・メラノレウカ
アーイラ
アーウー
アーヴィング,ジョン(「ガープの世界」の小説家)
アーヴィング,ワシントン(「スケッチ・ブック」の作家)
ああ上野駅(井沢八郎の歌謡曲)
嗟内田喜作中尉(須永弘編著)
アアウセルラ・アペピ(古代エジプト王)
嗚呼、おんなたち猥歌(神代辰巳監督の映画)
アーカイブ(公文書館)
アーガイル
アーガイル・ローバトソン瞳孔
ああ革命は近づけり(築比地仲助の作詞「革命歌」)
アーカディン(オーソン・ウェルズの映画)
アーカンソー(アメリカの州)
アーキオプタリスク(始祖鳥)
アーキテクチャー(建築物)
アーキペラゴ(多島海)
アーキペンコ,アレクサンダー(彫刻家)
嗚呼玉杯に花うけて(佐藤紅緑)
アークェット,パトリシア(女優)
アークェット,ロザンナ(女優)
アーク燈
アークライト,リチャード(発明家)
アーケアンサス(古代の花)
アーケイド
アーケオテクトニクス時代
アーケオプテリスク(始祖鳥)
ああ結婚(ヴィットリオ・デシーカ監督の映画)
アーケロン
アーサー王物語
ああしやごしや
ああ人生に涙あり(ドラマ「水戸黄門」主題歌)
アース
アアソウカイ(キョウチクトウ科の多肉植物)
ああそはかの人か(歌劇「椿姫」のアリア)
アーチ
アーチヴォルト(建築開口部の拱部)
アーチェリー
アーチスト
嗚呼忠臣楠子之墓(湊川神社)
アーツ・アンド・クラフツ運動
アーティ・チョーク
アーティゾン美術館
アードウルフ
アートタイプ
アードバーク(ツチブタ)
アートマン
アーニー・パイル
あーのねおっさん(高勢実乗)
アーノルド,マシュー(歴史家)
アーパネット(1969年)
アーバン
アーバン・インスティテュート(民間の政策研究機関)
アーバン・クライシス
アアフメス(古代の数学者)
アーベーセー(a.b.c.)
アーベルカンブ,ヘンドリック
アーヘン(ドイツの都市)
アーヘン大聖堂
アーヘンの和約(1748年)
アーホテップ
アーマダバード(インドの都市)
ああ みずいろの雨(八神純子の歌謡曲)
アーミッシュ
噫無情(ユゴー作「レ・ミゼラブル」、黒岩涙香訳)
アーメン
アーモンド
アアヤバータ(インドの数学者)
ああ、大和にしあらましかば(薄田泣菫)
アーユルヴェーダ・ススルタ大医典
アア溶岩
アアラ島
アーリア語系言語
アーリア人
アーリマン(ゾロアスター教の悪神)
アール・グレイ
アール・ヌーヴォー
アアルスメール(オランダの都市)
アールデマ,ヴェルナ
ああ 私の恋は(松田聖子「青い珊瑚礁」)
ああ、私の幽霊さま(2015年韓国ドラマ、パク・ボヨン主演)
アーンドラ王朝
安威(あい) 茨木市の地名
AI(あい) 女性ミュージシャン
アイ(能)
アイアイ(マダガスカル島にすむ夜行性のサル)
相合傘
アイアトン,ヘンリー(清教徒革命期の軍人)
アイアム野田(タレント、鬼ヶ島)
アイアン(ゴルフのクラブ)
アイアンクロス(ベゴニア)
アイアンズ,ジェレミー(俳優)
アイアンノブ(オーストラリアの鉱山町)
アイアンロー
阿育王
愛育会
愛上男(あいうえお)
愛内里菜(ミュージシャン)
アイヴァンホー(スコットの小説)
アイウン(西サハラ)
アイエコール(抗悪性腫瘍薬)
アイエルツ
合縁奇縁(あいえんきえん)
秋穂(あいお)
相生(あいおい)
相生ペーロン祭
愛多き者は則ち法立たず(韓非子)
藍大島(あいおおしま)
アイオナ修道院
アイオリス人
アイオワ州
アイオン台風
アイオン島(ロシア・チュクチ半島)
アイガー(スイス)
アイガー・サンクション(トレヴェアンの小説)
合鍵
アイカメラ
アイカラー
相川恵里(歌手)
愛川欣也(俳優)
アイギストス
合気術
アイギナ島(ギリシャ)
アイキャッチャー
IQ アイ・キュー(知能指数)
間狂言(あいきょうげん)
アイク兄弟(画家)
匕首伝説(ドイツ)
愛琿条約
aiko(ミュージシャン)
愛国社(板垣退助)
愛国心(パトリティズム)
アイゴスポタモイの海戦(前405年)
合言葉
アイコニクス
アイコノスコープ(撮像管)
アイコン
アイコンタクト
挨拶
アイザックス症候群
相沢事件(相沢三郎)
相沢忠洋
艾山(あいざん) 中国山東省
愛して愛して愛しちゃったのよ(田代美代子&和田弘とマヒナ・スターズ)
アイシャドー
哀愁(映画)
愛傷歌(森昌子)
阿井渉介(小説家)
アイ・ジョージ(歌手)
アイソレーショニズム(国内問題優先主義)
愛新覚羅溥儀
アイシンギョロ
アイシング
アイシングルム(後金)
相生千恵子(女優)
相生由太郎(実業家)
相川佳予子(服飾研究家)
相川梨絵(アナウンサー)
相川七瀬(ミュージシャン)
あいざき進也
相沢事件
会沢正志斎
会津小鉄
アイズシモツケ(樹木)
会津塗
会津磐梯山は宝の山よ(会津盆踊唄)
会津八一
会津屋八右衛門
アイシンギョロ(愛新覚羅)
愛洲移香斎
アイスキューブ
アイスキュロス
アイスクリーム
アイスランド
愛すれど心さびしく(映画)
アイゼナハ(ドイツ)
アイセル湖(オランダ)
愛染かつら(映画)
アイゼンカンツラー(鉄血宰相)
アイゼンハウアー,ドワイト
愛染明王
アイゼンメンゲル症候群
アイソザイム
アイソポス
アイソレイト・フォーカス
アイソン彗星
アイソスタシー
アイソトープ(同位元素)
愛想もこそも尽き果てる
藍染め
アイダ(AIDA)
アイーダ
相対死(あいたいじに)
相対済し令
開いた口へ牡丹餅
愛他主義(道徳の基礎は愛にあるとする説)
アイダホ州
愛知県
愛知大学
愛知万博
愛知用水
愛着慈悲心(あいぢゃくじひしん)
アイディア
愛弟通信
アイテム(品目)
アイデンティティ(自我同一性)
愛別離苦(あいべつりく)
愛と死(武者小路実篤の小説)
愛と死をみつめて(映画)
愛と追憶の日々(映画)
愛と認識との出発
アイドマの法則
アイドル(Idol 偶像)
アイナメ(魚)
アイネアス
アイネ・クライネ・ナハトムジーク(モーツァルト作曲)
アイネシモデス
愛のあいさつ(エドワード・エルガー作曲)
愛の一家(ザッパーの小説)
壒嚢鈔(あいのうしょう)
愛の学校(アミーチス「クオレ」)
愛の詩集(室井犀星の詩集)
間(あい)ノ岳(山梨県・静岡県)
相ノ谷古墳群
アイバク,クトゥブッディーン
アイパグゴル川(艾不蓋河) 中国内蒙古自治区
アイ・ハノン
アイバンク
アイビー(韓国のミュージシャン)
アイビー・グリーン(ヘレン・ケラーの生家)
ips細胞
逢びき(デビッド・リーンの映画)
アイヒマン
アイフェル丘陵(ドイツの地名)
相武紗季(女優)
アイベックス
相棒(水谷豊主演のドラマ)
アイヌ
アイヌキンオサムシ
アイネアス
曖昧模糊(あいまいもこ)
靉光(あいみつ)
藍美代子(歌手)
アイメリア
あいや節
アイユーブ朝
愛欲之海(あいよくのうみ)
姶良市
姶良カルデラ(鹿児島県)
アイリス
アイリッシュ・ウイスキー
アイリッシュ海(イギリス)
アイル(蒙古語で村)
アイルランガ王
アイルランド
アイルワースのモナリザ
アイレ可愛や(笠置シヅ子)
アイロニー
アイロン
アイワゾーフスキー,イワン
アイン・ジャールートの戦い
アインシュタイン,アルベール(物理学者)
アイントホーフェンの法則
アインハルト
アヴァターラ
アヴァール人
アヴァンギャルド
アヴィケンナ(哲学者)
アヴィニョン捕囚
アヴェスタ(ゾロアスター教の経典)
アヴェロエス(哲学者)
アヴェロンの野生児
アヴォガドロ,アメディオ(物理学者)
奥義抄(あうぎせう)
アウグスティヌス(神学者)
アウグストゥス(ローマ皇帝)
アウグスブルク(ドイツ)
アウグスブルクの和議
鶯宿梅(あうしゅくばい)
アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所
アウステルリッツの戦い
アウストラシア
アウストラル諸島
アウストラロピテクス・アファレンシス
アウスピキウム(鳥占)
アウタルキー(自給自足経済)
アウディエンシア
アウトゴルぺ
アウトサイダー
アウト・デ・フェ
アウトバーン
アウトリーチ・サービス
会うは別れの始め
アウフヘーベン
アウランゼーブ
アヴリル,ジャンヌ
阿吽の呼吸
アウンサンスーチー
阿英
アエタ族(フィリピンに住む部族)
アエティウス
あえて寸を進まずして尺を退く(老子)
アエノコト
アエピカメルス
アエミリアヌス(小スキピオ) カルタゴの破壊者
和(あ)え物
アエリア・カピトリナ
亜鉛
青い山脈(石坂洋次郎の小説)
蒼い時(山口百恵)
青い鳥(メーテルリンクの戯曲)
青いバナナ
青色申告書
アオカビ
青木ヶ原樹海
青木昆陽
青木湖(長野県)
青木繁
青木周蔵
青木文蔵
アオザイ
青島海岸(宮崎県)
青写真
アオテアロア序曲
青野季吉
青田買い
敖漢旗(アオハンチ―)
青髭
アオミドロ
青森県
青山京子
青山孝
あおり運転
亜音層
赤穴宗右衛門(「雨月物語」菊花の約)
アカイア人
赤い靴(アンデルセンの童話)
赤いハンカチ(石原裕次郎の歌謡曲)
赤紙召集
アカシアの雨がやむとき(西田佐知子の歌謡曲)
赤いスイートピー(松田聖子の歌謡曲)
赤木圭一郎
赤城山
赤く咲くのはけしの花(藤圭子)
赤毛のアン
赤潮
明石海峡大橋
明石覚一
明石原人
明石縮(ちぢみ)
明石家さんま
赤染衛門
赤線
県召除目
アカディール事件
アカデミー賞
アカデミー・フランセーズ
赤銅鈴之助
赤根武人(奇兵隊初代総督)
赤の広場
赤旗
アカバ(ヨルダン)
赤羽(東京都北区の地名)
赤福
赤船
赤堀又次郎
ア・カペラ
アガメムノン
アガラス岬
阿川弘之
明るい表通りで
阿寒湖
アカンソル
亜漢文
アギオスデメトリオス教会(アテネ)
飽咋之宇斯能神(あきぐひのうしのかみ)
穐田定樹
秋田城
秋月の乱
秋津嶋物語
秋でもないのに(本田路津子の歌謡曲)
商場知行制度(あきないばちぎょうせいど)
アギナルド
アキノ,コラソン
アキノ,ベニグノ
アキュラス訳
秋吉台
アキレウス
アキレス腱
アキンボー
アクィナス、トマス
アクセス権
アクセント
阿骨打(アクダ)
芥川賞
芥川龍之介
悪太郎の一生(ジョン・バニヤン)
アクチュエータ
悪徳商法
アクバル(ムガール帝国の皇帝)
握斧
アグネス論争
悪魔の詩
アクラ(ガーナの首都)
アグラ(インドの都市)
胡坐
アグリッパ
アグリッピナ
アクリルアミド
アグレマン
アグロバクテリウム
アクロバット
アクロポリス
アクワム王国
アグン火山(インドネシア)
明智光秀
アゲハ蝶(ポルノグラフィティ)
アケビ
上げ米の制
あげまん
アケメネス朝
朱樂菅江(あけらかんこう)
アゲラタム
アコイメタイ派
赤穂義士
吾郷寅之進
アゴラ
アコンカグア山
阿含経

浅井長政
麻丘めぐみ
朝丘雪路
浅丘ルリ子
あさ香社
アサギマダラ
浅草
朝倉義景
アサド
字(あざな)
浅沼稲次郎
浅間山
浅野長矩
アサバスカ湖
旭川
朝日新聞
朝日訴訟
Asahidainipponbeer_1937 アサヒビール
朝熊ヶ岳(あさまがたけ)
アサリ
アザレア
アサンソール(インド)
アジア
あじあ号
アジア的生産様式
アシアナ航空(韓国の航空会社)
アジア・モンロー主義(1932年)
足洗(千葉県旭市の地名)
足尾銅山
足利尊氏
足利義政
足利義満
アシガバート
芦川いづみ
アジサイ
アジスアベバ(エチオピア)
足摺岬 
芦田式七変化
芦田伸介
朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり
あしたのジョー(ちばてつやの漫画)
芦田均
芦ノ湖
アージービカ派
アシモフ,アイザック
排蘆小船
芦屋
阿闍世コンプレックス
アジャニー,イザベル(女優)
アジャパー
アジャンクールの戦い(1415年)
アジャンター窟院
アシュヴァゴーシャ
アシュケナジム
アシュモレアン博物館
アジュール文化
アショカ王
飛鳥時代
アスクレーピオス
アスクレピオン遺跡
アスコット競馬場
アスコルビン酸
アスタキサンチン
アスターナ
アスター図書館
アスターポヴォ
アスタリスク
アステカ文化
アステロイド ベルト(小惑星帯)
アストラハン・ハン国
明日に向かって撃て
アスパラガス
アスファルト
アスフォデリネ
アスペルガー症候群
東歌
吾妻鏡
アスワン・ダム
アスワン・ハイ・ダム
アスンシオン(パラグアイの首都)
校倉造
アゼス貨幣(古代ギリシャの貨幣)
アセチルグルコサミン
アセチレンガス
アセンション島
アゼルバイジャン
アセロラ
阿蘇一揆(1877年)
阿蘇山
麻生太郎
アゾフ海
アゾレス海
アタカマ砂漠(チリ)
愛宕山事件(1945年)
アダダ
アタックNo.1(浦野千賀子の漫画)
アタマジラミ
アタナシウス派
アタナヒルド
アダム(旧約聖書世で最初の人)
アダムズ・オニス条約
アダムとイヴの遺産
アタラクシア
新しい女(青鞜)
新しい貧困
あたりき車力車引き
あたり前田のクラッカー(藤田まこと)
アタワルパ
アチェ
アチェー戦争
阿直岐(あちき)
アチソンライン
あちゃら漬
アッカド
アッケルマン条約(1826年)
アッコン
暑さ寒さも彼岸まで
アッサム
アッシジ(イタリア)
あっしにはかかわりのねぇことで(木枯し紋次郎)
アッシャー家の末裔(ポーの小説)
安土城
あっせん収賄罪
アッティラ
アットゥシ織
あっと驚くタメゴロー(ハナ肇)
アッパー・スヴァネティ(ジョージアにある世界遺産)
アッピア街道
アップダイク
アップルコンピューター
渥美清
アディアフォラ論争
当て字
アテナ(ゼウスの娘で、オリンポス十二神の1人)
アデニン
アテネ
アテネの七賢人
アデリーペンギン
阿弖流為(あてるい)
アトウォーター係数
アドウォルトン・ムーアの戦い
アトピー性皮膚炎
阿堵物(金銭のこと)
アドラー,アルフレッド
アトランタ
アドリアノーブルの戦(378年)
アドリアノープル条約
アトリエ洗濯船
アドレナリン
アドワの戦い(1896年)
アナウワカリ美術館(メキシコ) ディエゴ・リベラ博物館
穴窯
アナクロニズム(時代錯誤)
アナーキスト(無政府主義者)
アナバシス
アナフィラキシー・ショック
アナベラ
穴穂部皇子
アナポリス(メリーランド州の都)
アナルセックス(肛門性交)
アナロギア・エンティス
アニサキス症
アニソドンティア(アオイ科)
アニミズム
アヌンチャタ
姉川の戦い(1570年)
アネモネ
穴太積(あのうづみ)
アノマロカリス
アノミア(失名辞)
アバ Abba(大司教に用いる敬称)
アバカ
アバター
アハ体験
痘痕も靨(あばたもえくぼ)
アバダン
アパーチュアカード
アパッチ
アパトサウルス
アパートの鍵貸します(映画)
アパルトヘイト
アバロウニ
アビガイル
アビシニアン
アビダルマ(阿毘達磨)
阿眦曇心論
アフォリズム(警句)
アフガニスタン・イスラーム共和国
アブガル物語
阿武隈川(福島県および宮城県を流れる一級河川)
アプシス(キリスト教聖堂の半円形の所)
アフシャール朝(ペルシア)
阿仏尼
アプト式線路
アブハシア共和国
あぶみ骨
油すまし
アブラゼミ
アブラハム(イスラエル国民の父で傑出した信仰の人)
アフリカ
アプレゲール
アーブロース宣言(1320年)
アプローチ
アベイの牢獄
アベノマスク訴訟
アベノミクス
アベラール
アペリティフ(食前酒)
アベル派
アベルキウス碑文
アヘン戦争
アポイ岳
阿房宮
アボカド
アボガドロの法則
アポトーシス
アポマトックス・コーストハウスの戦い(南北戦争)
アボミナブル・スノーマン(雪男)
アボリジニ
アポリネール,ギョーム
アポロ11号
アヌイ,ジャン
姉崎正治
アネロイド気圧計
あの鐘を鳴らすのはあなた(和田アキ子の歌謡曲)
網走番外地(高倉健)
アブシンベル神殿
アプバクの戦い
アフラ・マズダ(ゾロアスター教の善神)
アフロディテ(オリュンポス十二神の1人)
安部公房
阿部次郎
安倍晋三
阿部知二
安倍なつみ
阿倍仲麻呂
阿倍比羅夫
アベノミクス
阿部寛
アヘン戦争
アポフセグマタ
アボリジニ
アポリネール,ギョーム
アポロン(オリンポス十二神の1人)
亜麻色の髪の乙女(ドビュッシー)
アマガエル
甘粕事件
甘樫の丘
天城越え(石川さゆりの歌謡曲)
天草四郎
天知茂
天地真理
あまちゃん(2013年放送のNHK連続テレビ小説)
アマチュア
アマデウス(映画)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
アマルダ戦争
アマルフィ海岸
余部橋梁(1912年)
天野貞祐
アミアン大聖堂
アミアンの和約
アミスタッド号事件(1839年)
アミ族
阿弥陀経
阿弥陀堂
アミタール面接
アミノ酸
アムステルダム
アムネスティ・インターナショナル
アムネマチン山脈(青海省)
アムリットルサル事件(1919年)
アムールトラ
安室奈美恵
アムンセン
アメイジア大陸
アメイジング・グレイス
雨に唄えば(映画)
アメニティ(生活の快適さ・住みよさなどの意味)
天の御柱(あめのみはしら)
アメリカ
アメリカ横断鉄道
アメリカン・グラフティー
アメリカンフットボール
アメンホテプ3世
アメンホテプ4世
厦門(アモイ)
アモーレ
安邪国
綾瀬はるか
アユイ,バランタン
鮎川信夫
鮎川義介
アユタヤ(王国)
アユルシリダル(元の昭宗)
アーユルベーダ
アラー
新井白石
新井声風
新井春美
荒尾(熊本県)
新垣結衣
荒川バラバラ事件(1952年)
荒木久美子(ジュリアナ東京)
アラキドン酸
荒木又右衛門
荒木道子
アラコシア
アラゴン,ルイ
嵐が丘(エミリー・ブロンテの小説)
嵐寛寿郎
アラスカ(アメリカの州)
荒畑寒村
アラバマ(アメリカの州)
アラビア
アラビア海
アラビアン・ナイト
アラブ
アラファト
アラフラ海
アラベスク模様
アラミス(エチオピアのアウストラロピテクス化石発見場所)
アラミド繊維
アラム人
アララギ
アララート
アラリスク
アラリック
アラルコン
アラン諸島(アイルランド)
アラン・ドロン
有明海の干拓
阿里山(ありさん)
有島生馬
有島一郎
有島武郎
有栖川宮熾仁親王
アリスタルコス
アリストテレス
アリストファネス
有田・クレーギー会談
孔(ありな) ラ行変格活用
有馬稲子
有馬皇子
有馬温泉
有村架純
有村次左衛門
有吉佐和子
在原業平
有松絞り
アリューシャン列島
ある愛の詩(映画)
アルヴィナ,アニセー
アルカイダ
アルカイック・スマイル
アルカトラズ島
アル・カーミル
アルキトラヴ(列柱の上に乗る水平の無装飾の梁部)
アルギニン要求株
アルキメデス
アルクイン
アルクトゥルス
アルコール・ハラスメント
アルコールランプ
アルサクレイグ島(スコットランド)
アルザシアン
アルストロメリア・アウランティアカ Alstromeria auratiaca
アルチンボルド(画家)
アルザス・ロレーヌ
アルサンピエール美術館
アルジェ
アルジェリア戦争
アルジャントゥーユ(フランス)
アルジュバロータの戦い
アルストロメリア
アルゼンチン
アルタイ語系
アルタ・バディア(イタリア)
アルタミラ(スペインの旧石器時代遺跡)
アルタン・ハン
アルティメット
アルディピテクス・カダバ
アルディピテクス・ラミダス
アルデバラン
アルテミア
アルテミシオンの海戦(紀元前480年)
アルテミス計画
アルトドルファー,アルブレヒト(画家)
アルドラ王国
アルドリッチ,ロバート
アルヌール,フランソワ
アルバ公
アルバ公爵夫人(ゴヤによる肖像画)
アルハゼン
アルバニア
アルハンガイ
アルハンゲリスク
アルハンブラ宮殿
或る日突然(トワ・エ・モワ)
アルビノーニのアダージョ
アルピジョア十字軍
アルファベット
アルブケルケ
アルプス
アルフレッド大王
アルペジオ
アルベラの戦い
アルベロベッロのトゥルッリ
アルマアタ宣言
アルマゲドス(プトレマイオス)
アルメイダ(宣教師)
アルメニア
アルモハード帝国
アル・ラーゼス
アルルの女(ジョルジュ・ビゼー作曲)
アルレッティ
アールト,アルヴァ(建築家)
アルマダの海戦
アレオパジティカ
アレキサンドリア(エジプト)
アレキサンドリア派文献学
アレクサンドロス大王
アレクシウス1世
アレグロ
アレグロ・ビヴァーチェ
アレシアの戦い
アレシボ天文台(プエルトリコ)
アレッポ(シリア)
アレフ
アレルギー
アレン,ウデン
アレンの法則
アロー号事件
アロマンティック・アセクシュアル
アロン(モーゼの兄)
阿波
阿波おどり
泡宇宙
淡路恵子
淡路島
淡島千景
合せ砥
アワビ
あわれな辻音楽師(グリルバルツァーの小説)
哀れなハインリヒ(ハルトマン・フォン・アウエの詩)

アンアン
アンカラ
アンガライオン(古代ペルシアの駅伝制)
アンガラ楯状地
アンガラランド
アンカレッジ
安閑天皇
暗記
アンギラ
アンキロサウルス
アンクケペルウラ・メリィワァエンラー(スメンクカラー)
アングラ・マインユ
アングリラ・ジャポニカ
アングル,ジャン・オーギュスト・ドミニク
アングロ・サクソン
アンコウ
暗号
鞍鋼憲法
安康天皇
暗黒星雲
アンゴラ兎
アンゴラの戦い
安西郷子
安西冬衛
アンジェラ・アキ
アンジェラスの鐘
アンジオテンシンン変換酵素阻害薬
安市城の戦い(645年)
安史の乱
鞍山製鉄所
アンシャン・レジーム
安重根(アンジュングン)
アンスリウム
安政五ヵ国条約
安政の大獄
安全保障理事会
アンソール,ジェームズ(画家)
安息日(Sabbath)
アンダーソン,ヨハン
アンダーナッハの戦い(939年)
アンダーヒル,イーヴリン(イギリスの宗教家)
アンダマン島(インドネシア)
アンチョビー
安珍・清姫(娘道成寺)
アンティグア(グアテマラ)
アンティグア・バーブーダ
アンティノミニズム(反律法主義)
アンティーブ(フランス)
アンティフォーナ(交誦)
アンティボディーズ諸島
アンデス
アンデスの秘密(アン・ノーラン・クラークの児童文学)
アンデルセン,ハンス・クリスチャン
安直戦争
アントウェルペン(ベルギー)
安藤昌益
安藤太郎(禁酒運動家)
安藤信睦
安藤広重
アントニオーニ,ミケランジェロ
アンドレス,ウルスラ
アントネッリ,ラウラ
アントネロ・ダ・メッシーナ(画家)
アンドラ
アンドラ・ラ・ベリャ
アンドルソヴォ条約
アンドレア・デル・サルト(画家)
アントレライト
アンドロジナス(両性具有)
アンドロポフ,ユーリ・ウラジーミロヴィチ(ソ連の政治家)
アンドロメダ銀河
アンナ・カレーニナ(トルストイの小説)
あんなに可愛い瞳を、私どうしても汚してはいけないと思ったわ(二十四の瞳)
安和の変
安南都護府
安寧天皇
アンネの日記
アンパサンド(&)
アンバリッド
アンパンマン(やなせたかし)
アンピール様式(19世紀初めヨーロッパで流行した建築・家具・装飾などの様式)
アンフォラ(2つの把手がある壷)
アンブラー,エリック
アン・ブリン(ヘンリ8世の第2の妃)
アンベルス(アントワープ)
アンペールの右ねじの法則
アンボイナ虐殺事件
安保闘争
アンマン
アンモナイト
安楽庵策伝
安楽死(ユーサネイジア Euthanasia)
暗夜行路(志賀直哉の小説)
アンリオ,エミール(フランスの批評家)
アンリ三世とその宮廷(デュマの戯曲)
アンリ4世(フランス国王)
安禄山
アンワリー(イランの詩人)
アンワル,ハイリル(インドネシアの革命詩人)
アンワル・イブラヒム(マレーシアの元副首相)
アンワンティボ(樹上滋養で生活するリス科の動物)
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日露戦争と号外

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   明治37年2月8日、旅順港のロシア艦隊を日本軍が攻撃し、仁川に上陸した。10日に日本がロシアに対して宣戦布告し、日露戦争は開戦した。国木田独歩の小説「号外」のなかで読者は「何度読んでも涙がこぼれる」と言っている。新聞は今とは違って美文調である。鈴を鳴らして「号外、号外」と大声で叫んで配っていた。赤刷りだった。明治37年3月27日の第2回旅順閉塞作戦は次のような感じである。

    「戦死者中福井丸の広瀬中佐および杉野兵曹長の最後はすこぶる壮烈にして、同船の投錨せんとするや、杉野兵曹長は爆発薬を点火するため船艙におりし時、敵の魚形水雷命中したるをもって、ついに戦死せるもののごとく、広瀬中佐は乗員をボートに乗り移らしめ、杉野兵曹長の見当たらざるため自ら三たび船内を捜索したるも、船体漸次に沈没、海水甲板に達するをもって、やむを得ず、ボートにおり、本船を離れ敵弾の下を退却せる際、一巨弾中佐の頭部をうち、中佐の体は一片の肉塊を艇内に残して海中に墜落したるものなり」

    明治38年5月27日早朝の日本海海戦は次のとおり。「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動これを撃滅せんとす、本日天侯晴朗なれども波高し」旅順の陸戦の模様については、「死屍は累々として相重なり、肉片は地上に飛散し、鮮血は淋漓として萌え出る若草を染む」とある。

足利尊氏は逆賊か?

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 足利尊氏墓

 昭和9年2月8日、斎藤実内閣の商工大臣だった中島久万吉が大臣を辞職した。 足利尊氏の墓は等持院(京都市北区)にあるが、墓を参る人の数は少ない。それは「逆賊」の評判が今もあるからだろう。だが尊氏=逆賊というレッテルが貼られたのは明治になってからである。明治44年1月19日付の読売新聞の社説だった。ここでは、水戸学的な南朝正統論の立場から、当時使用されていた国定教科書「尋常小学日本歴史」を批判していた。それを受けて、大阪選出の代議士・藤沢元造が質問書を衆議院に提出。「南北朝正閨問題」は政治問題にまで発展した。桂太郎は明治天皇の勅裁を受けた。そこで南朝が正統と決められた。そのため、北朝の天皇は歴代天皇表に記載しないことになり、正統でない天皇を担ぎ出したということで、足利尊氏は「逆賊」とされたのである。ところで、このあと、足利尊氏に「逆賊」の烙印を押す決定的な事件が起きている。冒頭のべた昭和9年、雑誌に「足利尊氏は人間的にはすぐれた人物だ」と書いた商工大臣の中島久万吉が2月9日、大臣を辞任させられた。

   尊氏の生涯は波瀾の連続であった。楠木正行の亡きあとは、足利の天下であったが、直義とは不和の末にこれを毒殺し、わが子直冬にも叛かれるという不幸な晩年を過ごした。その尊氏も、病には勝てず、正平13年(延文3年)4月30日、54歳の幕を閉じた。

   これまで尊氏像とされていた京都国立博物館所蔵(旧・守屋美孝)「伝足利尊氏像」は、武具や馬具に描かれた紋章が足利氏のものではなく、高氏のものであることなどから、高師直もしくは、その子・師詮(もろあきら)ではないかと言われている。

 

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2024年2月 7日 (水)

青葉の笛

Y_aobanohue    元暦元年のこの日、一ノ谷の合戦で平家敗れる。須磨・一ノ谷の合戦で平家が負けたので、源氏方の熊谷次郎直実は、海へ逃げていく平敦盛を呼びとめ、組み伏せて首をとろうとした。ところが少年であったので、たすけようとしたがそれもならず、泣く泣く首を斬った。首を包もうとして、鎧直垂を解いてみると、錦の袋に入れた笛が腰にさしてあった。

   直実は「さては、この夜明けに、城の中で管弦の音が聞こえていたのはこの人たちであったのか。東国勢何万騎のうち、軍陣に笛を持ってきている風雅者はよもやあるまい。さすが平家の公達は風流なものだ」と思い、義経に笛を見せたところ、涙をしぼらぬものはなかった。直実は人生の無常を悟って出家したという。

  ところで『平家物語』では、敦盛の笛を「青葉の笛」とはとくに記していない。だが現在、神戸市の須磨寺の寺宝に、青葉と称する笛がある。寺伝によれば16世紀初めごろから敦盛の笛として世間の注目をあつめていたという。敦盛秘蔵の笛を青葉とする伝説は江戸期に定着したものかと考えられる。なお唱歌「青葉の笛」は、1番は平敦盛のことを歌い、2番は薩摩守忠度のことを歌っている。(参考:『日本の伝奇伝説大事典』の項目「青葉の笛」大津雄一執筆)2月7日

 

 

 

 

「冬来りなば春遠からじ」の誤解

   寒い冬はいやなものだが、新年が来ればすぐ暖かい春になる。立春は過ぎても、まだ寒い頃。降雪もあるし、風もまだ強い。とはいっても春の足音はどこからともなく聞こえてきて、樹木の膚をみても、かすかに春の息吹きが感じられる。「冬来たりなば春遠からじ」

 

If Winter comes,can Spring be far behind?

 

   イギリスロマン派の詩人シェリーの「西風に寄せる歌」(1819年)という長詩の最後の一句にある。「おまえ荒々しい精よ、わたしの魂となれ!烈しいものよ、 わたしとなれ!わたしの言葉を人類のあいだにまき散らせ!おう風よ、冬来なば 春や遠からずや」 木村毅が、ハッチンソンの小説「If Winter comes」(大正12年)を翻訳したとき詩を扉に載せた。収録されたとき最初は「冬来なば」であったが、アメリカ映画が大正14年、日本で公開されたとき、邦題が「冬来りなば」となってしまったので、それ以来、「冬来りなば春遠からじ」として親しまれている。ところで原文には疑問符?がある。つまり「やがて春が來るからがんばりましょう」という意味ではなくて、「冬が来たとしても、春が後方にいる、なんてことはありえません、そうでしょう」というちょっと皮肉な表現なのである。(冬来たりなば春遠からじ,Shelly)

シャコバサボテン(「シ」事項索引)

[ し ]

   「シェア・クロッパー」分益小作農民。南北戦争後のアメリカ南部において、苛酷な小作条件と前借り制度によって隷属的な立場に置かれた小作人。▽「シェションク」古代エジプト第22王朝の初代ファラオ。リビア人の将軍。在位前935年頃ー前914年頃。▽「ジェンネ・ジェノ」マリ共和国にあるBC3世紀頃の古代遺跡。▽「シオニズム」イスラエルの地(パレスチナ)に故郷を再建しよう、あるいはユダヤ教、ユダヤ・イディッシュ・イスラエル文化の復興運動を興そうとするユダヤ人の近代的運動。▽「シークワーサー」沖縄のミカン科の柑橘類。▽「シマエナガ」冬の北海道でよく見られる小さな鳥です。真っ白な愛くるしい姿から「雪の妖精」と呼ばれています。▽「ジャポニウム」日本人が発見した初の新元素113番。▽「ジギタリス」薬用植物であることは古くから民間伝承で知られていたが、1776年イギリスの植物学者ウィリアム・ウィザリングが強心剤としての薬効を発見し、以来、うつ血性心不全の特効薬となる。▽「湿舌(しつぜつ)」湿った暖かい気流が東シナ海方面から日本列島に向かって舌のような形で流れ込む現象。梅雨期に多く発生し、大雨をもたらす。▽「ジャンタル・マルタン天文台」ムガール帝国のジャイ・シング2世が1728年にインドのジャイプルに作った天文観測機施設。▽「ジビエ」狩猟によって、食材として捕獲された野生の鳥獣である。主にフランス料理での用語。▽「品川巻き」のりを巻いた小型のせんべい。▽「シーボルト台風」1828年9月17日、九州・中国地方にかけて大被害をもたらした台風。死者2万人、負傷者1万9千人以上。名称はドイツ人学者シーボルの乗船が座礁し、日本地図の国外持ち出しが発覚したことらつけられた。▽「しまなみ海道」広島県尾道市と愛媛県今治市と結ぶ全長59.4㎞の自動車専用道路。▽「資本主義」資本家が利益を得るために、労働者をやとって商品を生産する経済のしくみ。▽「ジャーゴン」支離滅裂で意味不明な状態。失語症者に見られる。▽「ジャヤワルマン7世」12世紀カンボジアクメール王朝の王。アンコール・トムを建設。▽「シャーテンフロイデ」(ドイツ語、schadenfreude)他人の不幸を知った時に生じる喜び。▽「朱全忠」852-912。五代後梁の初代皇帝(太祖)。▽「樹木男症候群」手や足に木の皮のようなイボが生じる皮膚病の一種。ツリーマン症候群。▽「シグロ・デ・オロ siglo de oro」15世紀から17世紀にかけてのスペインの美術・音楽・文学隆盛の黄金時代。▽「春香伝」春香(チュニャン)と夢龍(モンニョン)17世紀後半の韓国を舞台にしたロマンス。▽「囚人のジレンマ」自分にとって合理的な行動をとった結果、双方にとって小さい利得しか得られないことを意味する。▽「ジュラマイアシネンシス」2011年中国遼寧省で発見された約1億6000万年前のネズミに似た哺乳類の化石。▽「蕭道成」しょうどうせい。479年南朝宋順帝より禅譲を受け高帝となり南斉を建国。南朝斉はわずか2代23年で滅ぶ。▽「白保人」平成20年から平成28年にかけて沖縄県石垣市の白保竿根多原洞穴遺跡で発見された化石人骨。▽「じれった結び」江戸末期から、下流の女性の間で結ばれた髪型の一つ。洗髪後などに結った無造作な櫛巻風の結い方。▽「シンハラ語」スリランカで話されているシンハラ人の言語。▽「信用創造」銀行が貸し出しを繰り返すことによって、銀行全体として、最初に受け入れた預金額の何倍もの預金通貨わつくりだすこと。(しししし)


詩(ポエトリ)

シアウ島(サンギヘ諸島、インドネシア)
次亜塩素酸ナトリウム
ジアスターゼ
ジアゾ反応
指圧療法
シアトル
シアニン
シアヌーク
シアノバクテリア
シーア派
西安(シーアン)事件
ジークフリート
紫衣事件
椎茸
ジイド
椎名麟三
シヴァ神
シウダー・ボリーバル(ベネズエラ)
紫雲山(香川県高松市)
シェア・クロッパー
自衛隊
GHQ
シェークスピア
シェションク
ジェズイット教団
ジェノバ
ジェファーソン
ジェームズ1世
ジェームズ2世
ジェームズタウンの虐殺(1622年)
シエラネバダ山脈
シエラレオネ内戦
慈円
ジェンナー
ジェンネ・ジュノ
シオニズム(zionism)
塩の行進
シカゴ
シカせんべい
地方三役
志賀直哉
史記
私擬憲法
直参
ジギスムント
ジギタリス
式亭三馬
式年遷宮
食封
色目人
シク教徒
シークワーサー
シグロ・デ・オロ
始皇帝
地獄の黙示録
四庫全書
自墾地系荘園
シーザー
シサクの戦い(1593年)
鹿ケ谷の変
資治通鑑
死者の書
時宗
歯周病
地震
静岡
雫石事故
Sistrum0_2シストルム(古代エジプトの楽器)
ジズヤ
氏姓制度
耳石症
支石墓
自然
自然主義
自然法思想
四川暴動
氏族社会
シソーラス
下地中分
七月革命
七卿落ち
七年戦争
自治
シチリア王国
シチリアの晩鐘事件(1282年)
市町村
失業
ジッグラト(聖塔)
執権
湿舌
シッソイド
幣原喜重郎
四天王寺
地頭
シドニー
品川巻き
シナトラ,フランク
信濃川
士農工商
シノワズリ(中国趣味)
司馬光
司馬江漢
司馬遷
ジビエ料理
鮪川層
渋沢栄一
渋川春海
ジプチ
ジブラルタル
紙幣
シベリア
司法
シーボルト
シーボルト台風
資本
資本主義
資本論
シマエナガ
島崎藤村
しまなみ海道
島原の乱
四万十川
清水トンネル
ジム・クロウ制度
ジムノペディ(サティ)
シーメンス事件
下筌(しもうけ)ダム
下河辺長流
霜月騒動(1295年)
下仁田ネギ
下関事件
シモン・ボリバル
ジャイナ教
シャイレーンドラ朝
シャウプ勧告
釈迦
社会
社会主義
社会主義市場経済
ジャカルタ
シャコバサボテン
ジャコバン派
ジャーゴン
写実主義
シャー・ジャハーン帝
ジャーギール制
シャクンタラー
ジャズ
ジャスミン革命
シャニダール
ジャポニウム
ジャポニズム
シャーマン法
ジャムチ(元の駅伝制度)
ジャルモ遺跡
シャーレ
ジャヤワルマン7世
シャルル・ド・ゴール国際空港
シャーロック・ホームズ
シャーロッツビル(米国バージニア州)
シャーロット(米国ノースカロライナ州)
ジャワ島
ジャワ原人
シャンゼリゼ通り
上海
ジャンタル・マルタン天文台
ジャンヌ・ダルク

周恩来
衆議院
宗教改革
習近平
重慶
十字軍
重商主義
囚人のジレンマ
柔然
自由党
周敦頤
十二表法
儒家
儒学
儒教
綜芸種智院
朱子学
授時暦
朱全忠
シュードラ
シュードモナス(細菌類)
シュトレーゼマン
シューベルト
ジュネーブ
ジュネーヴ条約
シュメール人
樹木男症候群
ジュラ紀
ジュラマイアシネンシス
シュリーマン
シュリーヴィジャヤ(室利仏逝)王国
シュレーゲルアオガエル
荀彧
春香伝(しゅんこうでん)
春秋戦国時代
書院造
小アグリッピナ
蒋介石
城下町
承久の変
商業
城子崖
成尋(じょうじん)
正倉院
浄土教
蕭道成
聖徳太子
常平倉
承平天慶の乱
障壁画
情報化社会
聖武天皇
縄文時代
条約
生類憐みの令
昭和天皇

植民地主義
食糧生産革命
徐光啓
徐錫麟
諸子百家
女真
ショルツ理論
ジョン万次郎
シーラカンス
白樺派
シラス台地
白瀬矗
白保人
シリカゲル
シリコーン
シルクロード
ジルバブ(インドネシアの女性用スカーフ)
じれった結び
ジローナ大聖堂
ジロンド派


辛亥革命
シンガサリ王国
新型コロナウィルス流行(2020年)
シンガポール
進化論
新疆
神曲
シンコ・デ・マヨ
シンコペーション
人口
人工リーフ
人種
真珠湾
ジンジャー・エール
ジンジャントロプス・ボイセイ
紳士は金髪がお好き
人種のサラダボウル
浸食輪廻
壬申の乱
神聖ローマ帝国
新石器時代
心タンポナーデ
心電図
新燃岳
新バビロニア
ジンバブエ
シンハラ語
清仏戦争
シンプロン・トンネル
人文主義(ユマニスム)
神武天皇
新約聖書
信用創造
新羅
親鸞
神話

 

 

 

 

北方領土の日

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   本日は「北方領土の日」(Northern Territories Day)  1855年2月7日、日露和親条約が調印された。この条約は両国の国境を択捉島とウルップ島との間と定めたもので、北方四島は日本の領土と確認された。近年、日ロ両政府間で北方四島のうち歯舞群島と色丹島を先に引き渡すことで北方領土問題を進展させる「2島先行返還論」が浮上している。

 

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2024年2月 6日 (火)

お風呂誕生のルーツは?

Roman_baths_bath 本日は「お風呂の日」。女優の桜井日奈子はお風呂が大好きで「朝と夜、必ず2回入らないと気が済まない」「夜は1時間以上」。「世界ルーツ探検隊」初回のテーマはお風呂。ポンペイ遺跡の風呂跡を紹介して、ローマ時代のお風呂の起源を探る。お風呂の起源は歴史の闇の中に没しているが、自然に湧出する源泉を利用して傷病を癒すことは洋の東西を問わず、また人間と動物の区別なく行われてきた。温泉は紀元前3000年ないし4000年紀にはエジプトで利用されてきた。番組では紀元前400 年ころコス島のアスクレピオン遺跡(病院跡)からはヒポクラテスがお湯を使って体を温め血行をよくし、ある病気を治すために温泉治療を考案し世界最初のお風呂と結論づけている。余談ながら英語で風呂(Bath)はイギリス南西部の町バースに由来する。紀元前1世紀にローマ人によって建てられたローマン・バスは、アルプス以北で最も保存状態のよいローマ遺跡といわれている。18世紀にはバースは上流階級がリゾート地として発展した。女流作家ジェーン・オースティンもこの町に5年間滞在している。(The Roman Baths)

 

 

大坂城落城と千姫

   徳川秀忠の長女、千姫は寛文6年のこの日、江戸で没した。享年70歳。昨年の大河ドラマ「どうする家康」は作品の評判は芳しくなかったものの、終盤の大坂夏の陣で千姫を演じた原菜乃華の熱演ぶりが注目をされた。今後楽しみな女優である。ところで千姫は、7歳で豊臣秀頼に嫁ぐが、千姫の半生は戦国の姫の中でも小説・映画などでトップクラスに多くあるものであるが、史実からほど遠い作品ばかりである。なかでも大坂城落城の件は物語的である。大坂夏の陣で炎につつまれた大坂城からの千姫救出作戦の時、家康は姫を助けた者に妻として与えることを約束した。坂崎出羽守(直盛)は無事に千姫の救出を成し遂げた。しかし千姫は出羽守を嫌って、本多忠刻に嫁ぐことになった。出羽守としては約束を違えられて武士としての面目がたたなかった。元和2年、本多忠刻と再婚のため江戸から桑名に向かおうとしたさい、出羽守は千姫の輿を奪おうと謀ったが、失敗し自害したという。この逸話は史実と巷説とが混在するが、坂崎出羽守は「愛のために死す」武将としてその名を後世に残すことになった。(2月6日)

 

 

 

多民族国家シンガポール

5971233_134151915319  シンガポールはアジアと欧米諸国との接点である。18世紀末ころ、マレー半島南部を支配するジョホール王国はリアウ王国とパハン王国に分かれていた。イギリスのインド副総督トーマス・スタンフォード・ラッフルズ(1781-1826)はリアウにあったマレー派の王族フサインをジョホール王として即位させた。1819年2月6日、ラッフルズは条約を締結し、シンガポールを買収した。以後イギリスは、この島に関税のかからない、自由貿易港を建設し、東南アジア貿易の拠点として、イギリス東洋進出が始まった。

 現在、シンガポールは総人口約585万人。うち中華系が7割以上を占め、次いでマレー系、インド系が主要な民族構成となっています。公用語としては、英語、中国語、マレー語、タミル語があります。言語だけでなく、宗教も多様で仏教、道教、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教などが信奉されている。(Thomas Stanford Raffles,Singapore,Johor Riau)

2024年2月 5日 (月)

造幣局の設置(1869年)

 明治2年2月5日、太政官に造幣局が設置される。由利公正の考えで工場は大阪の西成郡川崎村(現北区天満)に建てられた。東京でなく大阪にした理由には、淀川による水運の便があったからだが、実情は複雑だった。新政府は、関西商人に御用金調達の面で多大の世話をうけており、三井や鴻池らは政府の財政機関の実務の中核に入り込んでいた。由利は、その点から土地選択に配慮を強いられた。

2024年2月 4日 (日)

立春の卵

Photo_3 寝ごころやいづちともなく春は来ぬ(蕪村)

 毎日続いているニュースは暗い話題ばかり。でも春はもうすぐそこまで来ている。本日は「立春」。むかし中国では「立春に卵が立つ」という言い伝えがあった。物理学者の中谷宇吉郎は、太陽の位置や引力の関係があるというまことしやかな説を否定するため実験をしてみせた。昭和22年2月6日の朝日新聞には次のように報じられた。「上海やニューヨーク、そして東京で立春の日に一斉に卵が立った」でも、結論は卵は立春の日でなくとも根気よくやればだれでも立たせることができる。中谷は暗い世の中に明るい話題を提供したかったのであろう。

 

 

冬ドラマ、どれ観る?

 冬の連続ドラマが出揃った。近年ドラマ製作本数が増えたのはネット配信の収益が見込まれるからという。土曜日「おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか」原田泰造。日曜日の大河ドラマが「光る君へ」、月9「君が心をくれたから」永野芽郁、山田裕貴。「チェイサーゲームW」菅井友香、中村ゆりか。「ブラックガールズトーク」朝日奈央、関水渚、石井杏奈。火曜日「リビングの松永さん」中島健人、高橋ひかる。水曜日「となりのナースエイド」高杉真宙、川栄李奈。「蜜と毒」入来茉里、白石隼也。「パテスリーMON」畑芽育。木曜日「彼女と彼氏の明るい未来」末澤誠也、関水渚。「ナースが婚活」矢田亜希子「推しを召し上がれ」鞘刺里保。金曜日「ジャンヌの裁き」玉木宏、桜井ユキ。「院内警察」桐谷健太、瀬戸康史、長濱ねる。「アイドル失格」山本望叶。「「ハコビヤ」田辺誠二、影山優佳。「夫を社会的に抹殺する5つの方法 season2」桜井玲香、工藤遥。民放で唯一の時代劇「大奥」(フジテレビ)は不評で視聴率が低迷している。今期地味なドラマが多いが「アイのない恋人たち」は一番華やかなキャストである。福士蒼汰、本郷蒼多、前田公輝、佐々木希、深川麻衣、岡崎紗絵、成海璃子の七人。「春になったら」奈緒と木梨憲武がW主演。3ヶ月後に結婚を控えた娘と余命3ヶ月を宣告された父とのハートフル・コメディ。「極限夫婦」松村沙友里がキレイだ。「Sugar Sugar Hohey」長妻怜央、川津明日香、三原羽衣。「先生さようなら」渡辺翔太、林芽亜里。冬ドラマで一番面白いのは宮藤官九郎脚本の「不適切にもほどがある!」タイムスリップコメディ。昭和は不適切でもみんな生き生きしていた時代だった。

 

 

 

 

聖書

3z20120815gz0jpg0023910010    聖書はユダヤ教およびキリスト教関連の宗教にはもっとも重要な宗教文書とされる。もっとも旧約聖書と新約聖書の両者を聖書と呼ぶのはキリスト教の立場に基づくものであることは留意すべきである。ユダヤ教にとってはいわゆる新約聖書は経典ではないし、イスラム教にとっては両聖書とクルラアーンとはいずれも経典である。ただしクルアーンが優越すると考えられている。図版はエルビス・プレスリー所蔵の聖書。聖書の内容は、天地創造、アダムとイブの禁断の果実、ノアの方舟、アブラハムと子供たち、天使と格闘してイスラエルの名前を授かったヤコブ、モーゼの出エジプト、王国に繁栄をもたらしたダビデとソロモン、バビロン捕囚、キリストの復活など。このような歴史的な叙述だけでなく、法律、預言、詩、格言、歌、手紙などさまざな文章が集められている。エホバの証人の本によると、「聖書は西暦前1513年に書き始められ、1600年以上かけて、西暦98年に書き終えられた」とある。これは66冊の書からなる聖書の初めの部分、「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「ヨブ記「民数記」「申命記」「詩編90編」をモーセが書いたと考えているからである。そうすると、聖書は今から約3500年前に書き始められたことになるが、文字の発達していない時代にこのような複雑な文章を残すことは歴史学的立場から考えるとあり得ない話である。(Bible,Quran)

 

  聖書・キリスト教関係文献目録

摩太福音書 ジョナサン・ゴーブル  1871
西洋教草 永田方正          1873
新約聖書 日本聖書協会       1879
旧約聖書 日本聖書協会       1888
聖書辞典 平文・山本秀煌編纂 基督教書類会社 1892
引照新約全書 大日本聖書館 1894
上川基督教育青年会憲法及細則 上川基督教青年会 1902
約翰傳福音書新約聖書 聖書館 1903
戦争と宗教 デフォリスト述 警醒社書店 1905
聖書物語 通俗文庫 百島冷泉訳 内外出版社 1907
ルナン氏耶蘇会 エルネスト・ルナン 日高有倫堂 1908
旧約聖書出埃及記 米国聖書会社 1911
使徒行伝 新約聖書 米国聖書会社 1915
基督再臨問題講演集 内村鑑三 岩波書店 1918
新約聖書一日一訓 松本苦味編 大日本雄弁会 1918

 

 

 

 

2024年2月 3日 (土)

節分

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  浅草寺節分会

 救急車 節分の日も 走りけり (厄介)

 節分。夜になって、「鬼は外、福は内」などと唱えながら豆を内外に投げ、鬼を追って戸口をとざす。節分の豆まきの習俗は何時ごろかわからない。鬼払いの風習は、中国の風習を由来とする平安時代の追儺、鬼遣と呼ばれた宮中行事を元としているとされる。陰陽道の影響があり、室町期に中国の風俗を採り入れたものと考えられている。江戸時代に民間に盛行し、社寺でも厄除神事として定着した。現代でも節分の豆撒きの風習は消えたわけではない。ただし入口に「立春大吉」のお札を貼ったりする風習は都会では見られなくなった。節分に恵方巻という巻き寿司・太巻きを食べる習慣は、1989年にあるコンビニ(セブンイレブン?)が売り出したのが全国に広がったという説が有力である。今年は、東北東を向いて丸かじるするのがよい。

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入口に貼られた「立春大吉」のお札(昭和30年頃)

2024年2月 2日 (金)

明治初期、新潟県がいちばん人口が多かった

   板垣退助の自由民権運動が起こってきた頃、明治13年の東京の人口は100万人に満たない状態で、都道府県別では12位だった。1位は新潟県の154万人、2位が兵庫県の139万人、3位が愛知県の130万人だった。明治21年になると東京は4位となり、人口が急激に増加する。明治31年には東京が188万人で新潟を抜く。かつて新潟が人口1位であったというのは、日本の産業が農業中心であったことをものがたっている。明治末期には東京1位、大阪2位というかたちができあがり、農業より商工業に人が集まる都市化が進展する。現在、東京都の推計人口は、1410万5098人(2024年1月1日)。

 

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「十六島海苔」なんと読むでしょうか?

 読めたらすごい難読漢字の読みを出題します。漢字の勉強は毎日「兀兀」(コツコツ)やることです。

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答え:「十六島海苔」難しい読み方の食品の一つである。「うっぷるいのり」と読む。出雲産がもっとも有名である。十六島は、十六権現が人間の姿をかりて現れるとされていた地で、水底に良い海苔がある。島根県太田市の三瓶山に雪が降って、この池に影が映るときに、この海藻をとればよいという言い伝えが残る。▽「女三人寄れば姦しい」女性はおしゃべりだが、寄り集まるとさらにうるさい、という意味だが、なぜ三人か。「姦(かしま)しい」という字が「女」の字三つからなっていることに通わせて言ったものらしい。この漢字、なんと読む?

 

1 蚯蚓

 

2 守宮

 

3 

 

4 

 

5 栄螺

 

6 章魚

 

7 

 

8 若布

 

9 萱草

 

10 枳殻

 

11 蛞蝓

 

12 海月

 

13 公魚

 

14 杜若

 

15

 

16 蜀魂

 

17 雲丹

 

18 

 

19 海鼠

 

20

 

21

 

22 這般

 

23 剴切

 

24 真秀

 

25 孑孑

 

26 飛蝗

 

27 天牛

 

28 螽斯

 

29 壁蝨

 

30 蝦蛄

 

31 熨斗

 

32

 

33 覆盆子

 

34 胡獱

 

35 木賊

 

36 素面

 

37 羚羊

 

38 裾濃

 

39

 

40

 

41 水雲

 

42

 

43 縷蛄

 

44 牛蒡

 

45 淪落

 

46 虎杖

 

47 忝し

 

48 楸

 

49 柳葉魚

 

50 菟葵

 

51 鴇

 

52 雲脂

 

53 白膠木

 

54 撥

 

55 竜髭菜

 

56 混凝土

 

57 齷齪

 

58 瞽女

 

59 自然薯

 

60 朳

 

61 散蒔く

 

62 愛猫

 

63 微睡む

 

64 如雨露

 

65 萵苣

 

66 匕

 

67 蟹眼

 

68 占地

 

69 巻繊汁

 

70 鼈

 

71 倦ねる

 

72 小火

 

73 嚏

 

74 満俺

 

75 縺れる

 

76 琢く

 

77 怠い

 

78 牢い

 

79 迸り

 

80葡萄茶

 

81木通

 

82撮む

 

83玳瑁

 

84灼か

 

85諳んじる

 

86祝言

 

87 可成

 

88鶏冠手

 

89烏芋

 

90苧環

 

91咱夫藍

 

92蕺草

 

93紫苑

 

94雛罌粟

 

95盗汗

 

96鹹

 

97五加

 

98仏掌薯

 

99浣熊

 

100石決明

 

101豌豆

 

102打欠

 

103 馬大頭

 

104鹿尾菜

 

105醤蝦

 

106歩荷

 

107 郎女

 

108 薯蕷芋

 

109 今将

 

110 鯨波

 

111 羊蹄

 

112 泛子

 

113 鵲

 

114 臈纈

 

115 花椰菜

 

116 穿る

 

117戮力

 

118夢現

 

119裃

 

120蹈鞴

 

121炊爨

 

122陸な

 

123譫言

 

124棒棒鶏

 

125海鼠

 

126繁縷

 

127塒

 

128糸葱

 

129錺

 

130枕頭

 

131藻

 

132膝下

 

133柳葉魚

 

134憖いに

 

135足が攣る

 

136三椏

 

137蟀谷

 

138迸り

 

答えはこの項の末尾に

  ↓

  ↓

  ↓

1みみず 2やもり 3いたち 4むじな 5さざえ 6たこ 7ぶり 8わかめ 9わすれぐさ 10からたち 11なめくじ 12くらげ 13わかさぎ 14かきつばた 15ひわ 16ほととぎす 17うに 18しじみ 19なまこ 20まぐろ 21かじか 22しゃはん 23がいせつ 24まほ 25ぼうふら 26バッタ 27かみきりむし 28きりぎりす 29だに 30しゃこ 31のし 32ともづな 33いちご 34とど 35とくさ 36しらふ 37れいよう 38すそご  39そひ 40インチ 41もずく  42ふいご 43けら 44ごぼう 45りんらく 46いたどり 47かたじけなし  48ひさぎ  49ししゃも 50いそぎんちゃく 51とき  52ふけ 53ぬるで 54ばち  55アスパラガス 56コンクリート 57あくせく 58ごぜ 59じねんじょ 60えぶり 61ばらまく 62あいびょう 63まどろむ 64じょうろ 65チシャ 66さじ 67かいがん 68しめじ 69けんちんじる 70すっぽん 71あぐねる 72ぼや  73くさめ  74マンガン 75もつれる 76みがく  77だるい  78かたい 79とばっちり 80えびちゃ 81あけび  82つまむ 83たいまい 84あらたか  85そらんじる 86しゅうげん  87なるべく  88かえるで  89くわい  90おだまき 91サフラン 92ドクダミ 93シオン 94ヒナゲシ  95ねあせ  96しおけ  97うこぎ  98つくねいも  99あらいぐま 100あわび 101えんどう 102ぶっかき 103オニヤンマ 104ひじき 105あみ 106ぼっか 107いらつめ 108とろろいも 109いまはた 110とき  111ぎしぎし 112うき 113ふじまめ 114ろうけつ 115カリフラワー   116ほじる 117りくりょく 118ゆめうつつ 119かみしも  120たたら  121すいさん 122ろくな 123うわごと 124バンバンジー 125このわた 126はこべ 127ねぐら 128あさつき 129かざり 130ちんとう  131もやし 132しっか 133ししゃも 134なまじいに 135あしがつる 136みつまた 137こめかみ 138とばっちり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年2月 1日 (木)

「政治に口出ししたければ金持ちになりたまえ」(ギゾー)

Guizot

 

  「ヨーロッパに幽霊が出る。共産主義という幽霊が。ふるいヨーロッパのすべての強国は、この幽霊を退治しようとして神聖な同盟を結んでいる。法皇とツァー、メッテルニヒとギゾー、フランス急進派とドイツ官憲」

   この有名な「共産党宣言」の冒頭に登場するフランソワ・ピエール・ギヨーム・ギゾー(1787-1874)とはいかなる人物であろうか。フランスは七月王政時代に産業革命がすすんだが、大地主・銀行家・大商工業資本家などの富裕層によって支配され、たとえば選挙権・被選挙権は一定額以上の納税者に限られていた。有権者はフランス全人口の数パーセントにすぎず、国民の大部分は政治から除外されている。ギゾーは野党の追求に、話が選挙権の拡大におよぶと、かならず「金持ちになりたまえ!」と選挙法改正に反対した。このため1848年2月、労働者や学生が蜂起し、多くのパリ市民も加わり二月革命が起こった。ルイ・フィリップは退位し、臨時政府(第二共和制)は、男子普通選挙法を認めた。ギゾーはロンドンに亡命し、以後は歴史研究に専念した。

 

 

114106 裕木奈江

130321476599816420622_2005129134_20   「平清盛」のオープニングにサイコロが映しだされる。小学生が父親に「あれ、何?」とたずねた。父はサイコロは双六や人生ゲームで遊んだことを思い出したが、いまは家にサイコロはなくテレビゲームをする子供たちはサイコロを知らないことに驚いた。サイコロだけでなくトランプや将棋も知らないで大人になる子どもも多いという。もちろんトランプや将棋を知らない人は家庭の状況によるもので、むかしも多くいる。「♪吹けば飛ぶよな将棋の駒に~」は300万枚の大ヒットだったが、西条八十、船村徹、村田英雄は3人が共に全く将棋を知らなかった。1993年ドラマ「ポケベルが鳴らなくて」でアイドル的な人気だった裕木奈江も「実はポケベル・・・使ったことないんです」と告白している。ポケベルは当初、番号だけしか送ることができなかった。そのため文字を使って語呂合わせで様々なメッセージを送った。おやすみ(0833)、あいしてる(114106)

 

 

猫の月、猫の日

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 二月は「にゃん、の月」で「猫の月」。2月22日が「にゃん、にゃん、にゃん」の語呂合わせで「猫の日」。かわいい動物を取り上げる番組はいろいろあるが、とにかく世の中は空前の猫ブームなのだそうだ。あらためて猫の魅力を考えてみると、身近なペット犬とはまったく違う自由気ままさが癒しの血からになってくれるらしい。ネコの学名は「フェーリス・シルウェストリス・カトゥス」。血液型はA型、B型、AB型の3種類で、A型が多い。終日なにもしないでゴロゴロ過ごそう。慣用句も犬より猫に関する方が多い気がする。「猫に小判」「猫の額」「猫と鰹節」「猫の手も借りたい」「猫の目」「猫も杓子も」「猫を被る」などなど。

   むかしは路地のあちこちで野良犬や野良猫を見かけたが、最近は見かけなくなった。動物捕獲業者が夜中に攫っていくのだろう。とくに猫は三味線の皮にするので高く売れる。動物愛護の観点から問題があるが、野良犬・野良猫が減ることは衛生上からは望ましい。犬・猫の居住率が高まったの世話をする飼い主が増えたこともあるだろう。昨年から飼い主にはペットのマイクロチップを装着の義務化が施行された。猫カフェ、猫タクシー、グーグーだって猫である、などなどの映画・漫画も作られ、猫好きの人が増えた。ほかに近年のネコ作品「かんばん猫」(小西桜子)、「ねこ物件」(古川雄輝)、「猫侍 南の島へ行く」(北村一輝)、「ぬくぬく」(温水洋一)「ねこばん」(伊武雅刀)「先生と迷い猫」(イッセー尾形)「猫が教えてくれたこと」(トルコ)が゜グーグーだって猫である」(小泉今日子)、「ネコナデ」(大杉漣)、「猫なんかよんでもこない」「レンタネコ」「ネコタクシー」「こっぴどい猫」「猫弁と透明人間」「旅猫リポート」。(2月22日)

 

 

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