雷電はなぜ横綱になれなかったのか
琴ノ若が大関に昇進する。祖父は琴桜、父は琴ノ若。政治家の世襲はいけないが、大相撲の親子三代はいい。令和六年になって初めての明るいニュース。史上最も強い大関といえば雷電。雷電為右衛門(1767-1825)は信濃国小諸郡大石村(現・東御市)の生まれ。197cm、160㎏の巨漢。向かうところ敵なしの怪力力士で、土俵生活21年間で、254勝10敗、優勝相当成績28回、勝率0.962は歴代第1位である。10回の敗因は、すべて二日酔いのためだったという。張り手、かんぬき、突っ張りの三つを禁止されたという。これだけの成績を残しながら雷電がなぜ横綱になれなかったのか、今もって謎の一つである。一説では、免許する吉田司家が外様大名細川家の臣であったので、松平家が申請しなかったためといわれる。また当時の力士の最高位は大関であり、現在のように横綱は最高位ではなかったとする説もある。当時の横綱は、将軍上覧相撲の儀式のためのもので、強豪力士という条件はあっても成績や番付とは関係がなかった。ただ雷電には上覧相撲の儀式にあう縁がなかっただけといわれる。
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