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2023年11月30日 (木)

死刑廃止の日(シティズ・フォー・ライフの日)

Guillotine2   ローマなど世界各地、1625都市以上で行われる死刑廃止運動の日。1786年のこの日、神聖ローマ皇帝レオポルト2世(マリア・テレジアの子)がヨーロッパでは初めて死刑制度の廃止を宣言した。

1981年9月18日、フランスで死刑廃止法案が可決した。  ギロチンも廃止された。1977年にチュニジア人労働者がギロチンで死刑になった最後の例である。

現在、アメリカをはじめ日本と韓国・中国・旧ソ連諸国・カリブ海諸国など死刑維持国23か国と英国・フランス・ドイツなどヨーロッパなど廃止国104か国との国際的な動向がある。日本では死刑制度を必要とする世論が根強い。1948年3月12日の最高裁大法廷は「死刑制度は憲法第36条に禁止された残虐な刑罰には該当せず、合憲である」と判決した。この判決は死刑の合意性を肯定した判例として、現時点でもなお重要な判例とされている。

参考:「死刑制度廃止のための取り組み」ピーター・ホジキンソン他編、「勝者の裁きか、正義の裁きか」ウィリアム・A・シャバス著 Cities for Life Day,Gillotine11月30日

2023年11月20日 (月)

メキシコ革命

Huerta5
  ビクトリアーノ・ウエルタ(中央)

 

    1910年のこの日、1876年から続いたボルフィリオ・ディアスによる独裁に対する反乱が起こり、内乱が続いた。1910年から1934年発足したラサロ・カルデナス政権時代までを一般に「メキシコ革命」と呼ぶ。 

   1913年2月、メキシコの軍人ウエルタ(1850-1916)はクーデターにより軍事政権を確立した。4月9日、米水兵逮捕事件(タンピコ事件)をめぐり、合衆国ウィルソン大統領はウエルタ政権を承認せず、21日、米軍はベラクルズを占領し、メキシコ側には数百人の死者がでた。ウエルタはカランサを指導者に立てて護憲軍を結成。こうしてアメリカとメキシコとは対立していたが、アルゼンチン、ブラジル、チリの3国が調停に入り、ナイアガラで1914年5月から6月、会議が開催される。まさに第一次世界大戦勃発の2ヵ月前のこと。その結果は、アメリカはメキシコのウエルタ政権を臨時政府として承認し、メキシコが革命中外国に与えた損害について国際調査団と協議するという調停案を提出したが、ウィルソンが拒絶したので会議は不成功に終わった。1914年7月、ウエルタは政権を放棄し、国外に亡命。8月にカランサがメキシコ入城を果した。(Woodrow Wilson,Victoriano Huerta,Venustiano  Carranza,Niagara,Tanpico、11月20日)

 

 

2023年11月18日 (土)

油小路の決闘

Img015   慶応3年3月10日、尊攘思想を抱く伊東甲子太郎は、新選組を脱退し、御陵衛士として五条橋東詰めの長円寺に移り、そのあと東山高台寺の塔頭・月真院に移った。月真院の門前に「禁裏御陵衛士屯所」の標札をかかげた。一派は高台寺党、あるいは伊東派と呼んで、近藤らの本隊と区別している。14名の名を挙げておこう。

  鈴木三樹三郎、篠原泰之進、新井忠雄、毛内有之助、服部武雄、斉藤一、藤堂平助、加納道之助、富山弥兵衛、阿部十郎、内海二郎、中西登、橋本皆助、清原清である。この中で斉藤一は、近藤側の間者として送り込まれていて、内部の様子を逐一、報告していたようだ。

   11月18日、伊東は近藤、土方の饗応の帰途、油公路木津屋橋通りで、大石鍬次郎ら新選組の闇討ちによって斬殺された。土方の指図で、伊東の屍は七条油公路の四ツ辻へ放置した。必ず高台寺の一派が死体を取りにやって来ると読み、新選組の40余人の者が遠巻きにして取り囲んだ。そこに伊東の横死を聞いて駆けつけたのが、篠原、鈴木、加納、藤堂、服部、毛内、富山の7人である。40余人との斬り合いは激しく、「油公路の惨劇」として知られるところだ。藤堂、服部、毛内は斬り死にした。幸運にもこの惨劇を免れた3名の者たち、篠原泰之進(1829-1911)81歳、鈴木三樹三郎(1837-1919)83歳、加納道之助(1839-1902)62歳は、いずれも天寿を全うしている。

2023年11月11日 (土)

電池の日

200pxnational   11月11日が「電池の日」なのは、乾電池の+-を「十一」にみたてているからである。災害などの停電の時、電池はとても役立つ防災用品の一つ。電池の発明はイタリアの物理学者アレッサンドロ・ボルタであることはよく知られているか、乾電池の発明者は屋井先蔵で1885年のことであった。しかし特許出願が遅れ、1887年にドイツのカール・ガスナーが発明した、ということになっている。ちなみに英語で乾電池のことは、dry battery。

単1電池  D battery

単2電池  C battery

単3電池  AA battery

単4電池  AAA battery

単5電池  N battery

 なぜ単1、単2などと「単」がつくのだろ。「単」とは「単位電池」の意味。1930年代中頃までは何個かの電池を1つにまとめて力の強い電池を作っていたが、その後、今のように1個ずつの電池を使うようになった。つまり、何個かをまとめた電池ではなく、「1つの電池」という意味なのだ。(11月11日,Carl Gassner)

 

 

2023年11月 1日 (水)

紅茶と産業革命

   11月1日は「紅茶の日」。ある調査によると、コーヒーや紅茶、嗜好品を好む人は高所得者ほど飲む量が多いという話だ。コーヒーと紅茶、日本に伝来したのは、どちらが先だろうか?答えは、ほぼ同じころだそうだ。

    コーヒーは世界で最も多くの国で飲用されている嗜好飲料である。喫茶店(コーヒー・ハウス、カフェ)は近代社会において人々が情報を得る場所として文化的にも大きな役割を果たしてきた。日本には天明年間(1781年~1788年)頃に、長崎の出島にオランダ人が持ち込んだといわれる。ところが産業革命を経てイギリスが世界を制覇する19世紀に入ると、砂糖の消費量は爆発的に増加した。18世紀以降、コーヒーにかわってイギリス人は紅茶を好んで飲むようになった。イギリス貴族の間でアフタヌーンティーの習慣が流行しだしたのは、およそ200年前からだといわれています。一説にはアンナ・マリア・ラッセルというヴィクトリア女王の側近も務めるほどの地位になった公爵夫人のアイデアともいわれています。またそれは産業革命の進展と関係する。産業革命による人口増加でミルクの供給が追いつかなくなり、その代用品として輸入した紅茶が飲まれるようになった。また紅茶の普及には、会社の経営者が勤勉な労働者を必要としたため、アルコールにかわる飲み物として奨励したこともあげられる。パブ(ビール)、コーヒーハウス(コーヒー)、ティールーム(紅茶)は、各時代において、イギリス人にとって社交の場であったり、ビジネスの場であったり、娯楽の場であつたりと、多様な役割を果たしてきた。イギリスの社会経済の発展の裏にはこれら3つが様々なかたちで関係してきた。

   NHK「ひるブラ」(2012年2月1日放送)で、はしのえみが幕末の弘前藩士が飲んでいた珈琲を味わっていた。酸味と苦味がある。寒さなどで殉難が多かったので薬用として珈琲を飲んでいたという。大田南畝は1804年に珈琲を飲んだときのことを次のように記している。「紅毛船にてカウヒイというものをすすむ。豆を黒く炒りて粉にし白糖を和したるものなり。焦げくさくして味ふるに堪えず」とある。1855年ころ青森県弘前で珈琲が飲用されていたとは驚きである。

    紅茶は1791年11月1日、大黒屋光太夫がロシアのエカテリーナ2世から茶会に招かれ、日本人として初めて紅茶を飲んだとされる。日本紅茶協会は、昭和58年、この史実をもとに、11月1日を「紅茶の日」に制定している。

 

 

犬の日

  「犬は人とともに生活し、怜悧で従順で、しかも犬ほど人類社会に貢献している動物しない」(大野淳一『犬・その銘柄』)11月1日はワンワンワンの語呂合わせから「犬の日」としている。ドッグショーなどでは、犬種の雄雌、年齢で区別されて審査される。雄犬はドッグ、雌犬はビッチ。

    犬の頭数の世界的な増加は人間の増加に匹敵するといわれる。いまや人間の住む世界各地で犬の姿が見られ、家犬の品種は400を超えるが、これらの品種はいずれも人為的淘汰の恩恵を受けて今日に至っている。というのも、大型犬のグレートデンであれ、小型犬のチワワであれ、犬はすべて、先史時代の猟人に飼い馴らされたオオカミの末裔だからである。大谷翔平の愛犬「デコピンくん」は一躍有名になったが、犬種は「コーイケルホンディエ」というオランダ原産の狩猟犬である。

    今日の家犬は長い年代を経て人間に飼育されているので、その形態の変化や大小が非常にちがってきていて、一種の動物として、犬ほど形態や大きさのちがう動物は他に見ることができない。これは犬の遺伝子が多数であることにもよるが、その祖先が多元的であり、長い人為的選択をくり返してきたためと思われる。そして多数の品種が生じたのである。また形態ばかりでなく、性質も非常にちがっているので、古くから世界の各地方で、番犬・狩猟犬・愛玩犬が発達し、北方地方ではそり犬のような運搬用に用いられ、またある地方では食犬として食用に供せられていた。人類の生活が複雑化するにつれて、狩猟犬もその獲物によって特長をもつ犬種が生じ、愛玩犬も種々の形のものが発達し、さらに牧羊犬が生じ、各種の軍用犬・警察犬のような高度の性能の犬や、盲導犬のような特別な性能をもつものもつくられるようになってきた。犬を人間の目の代わりに利用しようとすることは古代ローマ時代からみられるが、近代になっては1819年にウィーンの神父ヨハン・ヴィルヘルム・クライン(1765-1848)が、犬の首輪に細長い棒をつけれ盲導犬として訓練したのがはじまりとされている。

    原始的な犬は現在も野犬となっているオーストラリア産のディンゴー犬、インド産のバリア犬などの一亜種にはいっているが、現在の家犬は次の6亜種に分けられる。ポメラニアン型、北方犬型、番犬型、青銅犬型、狩犬型、グレイハウンド型。そのほかに南米のインカ犬型も一亜種とされている。(11月1日、Johann Wilhelm Klein)

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