『あすなろ物語』の「克己」について
映画「あすなろ物語」(昭和30年) 雪枝(根岸明美)
梶鮎太(12歳)は祖母と一緒に伊豆の田舎で暮らしている。ある日、祖母の姪の冴子(18歳)が鮎太の前に現れた。冴子は中学生と映画を見ていたため、女学校を退学になったという。この静かな田舎町で胸の病を静養している東京の大学生・加島に、鮎太は冴子のラブレターを持っていかせられるはめになった。
「君、何年生?」と言った。「六年生です」「蔵の中におばさんと住んでいるの?」「そうです」鮎太は、この大学生が自分のことを知っているのが不思議だった。「君、六年生なら、来年は中学へ行くんだろう」「そうです」「勉強しないと駄目だな」「・・・・」「君、勉強するってことは、なかなか大変だよ。遊びたい気持ちに勝たなければ駄目、克己って君知っている?」「知っています」「じゃあ、もうお帰り」大学生の言葉で鮎太は頭を一つ下げると、そこから一人で坂を上って行った。来年は都会の中学校へはいり、両親のもとからそこへ通うことになることは、鮎太の心の中では漠然とした形ではあったが一つの既定の事実となっていた。しかし、入学試験というものを、はっきりと意識し、勉強をしなければ合格できないという冷酷な事実が、彼の前に立ちはだかって来たのは、この夜が鮎太にとっては初めてであった。克己とは何だろう。自分に克つ。その言葉の意味は充分に理解されなかったが、しかし、鮎太はこれまでに、これほど魅力ある言葉にぶつかったことはなかった。
井上靖の『あすなろ物語』は厳密な意味では児童文学ではない。もちろん児童書として現在も少年たちに読まれているのではあるが、本来、大人の小説である。初出は昭和28年「オール読物」に連載されたものである。2年後には東宝で映画化された。監督の堀川弘通は黒澤明の助監督だったがこれは監督第1回作品。黒澤が脚本を書いているので、おそらく優れた作品であろう。大学生の役は木村功だった。ケペルはこの映画を観ていない。だが昭和38年のNHKの子供向けドラマで見た記憶はある。当時のテレビドラマとしては豪華なキャストで八千草薫が出演していた。まだ新人の山本陽子が冴子だった。「深い深い雪の中で」大学生と冴子が天城山で心中する話や、雪枝のスパルタ訓練で鉄棒する話などあったであろうが、やはり少年にとって「克己」という言葉にインパクトがあったように思う。
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