上杉謙信と武田信玄
永禄4年のこの日、上杉謙信と武田信玄の川中島の戦いがあった。川中島の戦いは計5回、12年余りに及ぶが、謙信と信玄の一騎打ちは、第4次合戦、永禄4年のこの戦とされる。妻女山に陣取った謙信に対して、武田勢は海津城に入った。信玄は一手をもって妻女山を攻め、上杉勢が退くところを残る一手と挟み撃ちにする作戦を立てた。ところが謙信はその裏をかいて、あらかじめ山を降りた。朝霧が晴れてみると、両軍は接近しており、乱戦となった。謙信が馬上から信玄に三太刀斬りつけ、床几に掛けた信玄が、軍配団扇には七つの傷跡が残ったと、「甲陽軍鑑」にはある。(三太刀七太刀之跡)武田信繁・諸角虎定・山本勘助など名立たる武将が討ち死にするも、北信濃の地は武田が制圧した。(参考:「日本歴史伝説傑作選」学習研究社)9月10日
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