幻化忌
昭和40年7月19日、梅崎春生は肝硬変で亡くなっている(享年50歳)。昭和21年9月に雑誌「素直」創刊号に発表した「桜島」で戦後文学の新人として文壇に登場した。昭和19年6月に海軍に召集され九州上陸基地を転々とした体験がもとになっている。
「いつ、上陸して来るかしら」
「近いうちだろう。もうすぐだよ」
「あなたは戦うのね、戦って死ぬのね」
私は黙っていた。
「ねえ、死ぬのね。どうやって死ぬの。よう、教えてよ。。どんな死に方をするの」
胸の中をふきぬけるような風の音を、私は聞いていた。
妓の、変に生真面目な表情が、私の胸の前にある。どういう死に方をすればいいのか、そのときになってみねば、判るわけはなかった。死というものが、此の瞬間、妙に身近に思われたのだ。覚えず底知れぬ不吉なものが背景を貫くのを感じながら、私は何気ない風を装い、妓の顔を見返した。
「いやなこと、聞くな」
紙のように光を失った顔から、眼だけが不気味に私の顔の表情につきささって来る。右の半顔を枕にぴたりと押しつけた。顔がちいさく、夏蜜柑位の大きさに見えた。
「お互いに、不幸な話は止そう」
「わたし不幸よ。不幸だわ」
妓の眼に、涙があふれて来たようであった。瞼を閉じた。切ないほどの愛情が、どっと私の胸にあふれた。歯を食いしばるような気持ちで、私は女の頬に手をふれていた。
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