石塚友二「松風」
小説家・石塚友二の短編「松風」を読む。私小説的な味わいのある佳品である。富岡夫妻が私に縁談をすすめた。相手は君も知っている人で、君のこともよく知っていてそして君のとろへなら来てもいいといっている。早く返事がききたいといっているので、なるべる近いうちに僕のところへ来てくれたまえ。ただ一度だけあったことがある。5年ほど前のことである。十五六で母を喪って以来、父には妻代わり、幼い弟妹には母親がわりになつて、これまでむずかしい嘉慶をきりもりしてきたこと、それでもちっともいじけずに純良な心を保っていること、そして今年二十二歳のこと、などがきかされた。私は「貰うことに決めた」といった。富岡は「そう、それはほんとうによかった」日曜に家に来てもらうことにした。男1人ずまいの荒れきった室内とともに余さず琴音に示した。「まあいい家だこと」こういう表現が何らの嫌味を伴わずに、まさに奔ったかのようにききなされたのだった。結納の取交しの日取りも極り、それはほんの形ばかり目録だけの交換ですます言い合せだったが、それにしても私には皆目見当がつかないので、言われただけの金額を富岡の許へ持参して万事託することにした。式の日取りも決まった。四月五日だ。もの憂く、落着かなない日が続いた。その間にもたいてい琴音と会った。「なんにもできない不束者でございます。あなたのお思いどおりに叱って行っていただきます」琴音はそういうと手をついて静かに頭を垂れた。青年が結婚するまでのありふれた話であるが、さわやかな読後感がある。
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