「王政復古の大号令」は1867年か、1868年か
手元の日本史には次のように記述がある。「江戸幕府が滅んだあと、明治天皇は王政復古の大号令を出して新政府をつくった。翌1868年、明治天皇は五か条の御誓文によって新しい政治の大方針を明らかにした。江戸幕府、一夜むな(1867)しく崩れけり」と暗誦し、一般に1867年が大政奉還、王政復古の大号令、1868年が明治維新と記憶する。ところが岩波書店の「近代日本総合年表」では「1868年1月3日王政復古の大号令」とある。これは本書が太陽暦(西暦)を用いたためである。太陰暦(和暦)では12月9日となり、1867年の出来事になる。ふつうの歴史年表では、その時代に使用されていた暦に従うことが多い。つまり明治5年(1872年)までは和暦を採用する。これまでの慣例から王政復古宣言は1867年で、明治維新は1868年とすることが多いが、世界との出来事を比較することなどを考えると、西暦に統一したほうがよいとする意見もあって、悩ましい問題である。
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何が「悩ましい問題である」のか理解できない。王政復古の大号令は1868年1月3日だから1868年というだけのことである。陰暦の日付と陽暦の日付と混同しないように注意するだけのことである。
投稿: 小林倉市 | 2023年4月28日 (金) 20時35分