芥川龍之介とガンダーラ
芥川龍之介の名作「蜘蛛の糸」の主人公の名前は、「犍陀多(かんだた)」である。「犍」というのは日本では普段見慣れない漢字であろう。なぜ「犍陀多」と名付けたのだろうか。「犍」という漢字はおそらく中国人ならよく知っているだろう。中国歴史地理上では「犍為郡」がある。漢の武帝建元6年(前135)犍為郡が設置された。隋代まで続いた。日本では「けんいぐん」と一般によむ。漢字本来の意味は「きんきりうし」つまり「去勢された牛」という意味である。有名なペシャワール地方のガンダーラは5世紀から7世紀にかけて、法顕・宋雲・玄奘・慧超など入竺僧が必ず訪れており、漢字表記すると「犍駄羅」(法顕伝)「乾陀羅」(宋雲行記)「犍駄羅」(大唐西域記)といろいろ書かれている。芥川龍之介の主人公の名前「犍陀多」は何に着想を得たのか。「蜘蛛の糸」は芥川の完全な創作ではなく、元ネタがある。ポール・ケーラスが米の雑誌「オーブンコート」に1894年に発表した「カルマ」という話である。それを鈴木大拙が「因果の小事」として1898年に翻訳した。はたして芥川龍之介は「ガンダーラ」の古代仏教文明の由来を知っていたのであろうか?犍陀多の漢字は鈴木が当てたものを芥川はそのまま採用したと思われる。ガンダーラ美術の紹介は国際的には1905年のフランスのフーシェ(フッシェ)が提唱したことに始まるが、芥川が「蜘蛛の糸」を執筆した1918年(大正7年)頃には日本にも一部東洋史家によって知られているので、芥川がガンダーラを認識していたという可能性も少しは残されている。芥川の何かの記事で子供の頃の愛読書は西遊記が第一だったとあるのを思い出した。もしかしたらガンダーラでも新発見の新聞記事などを読んで「犍」の字に惹かれたのかもしれない。大正8年以降は仏教美術専門誌などにガンダーラ研究が盛んになってきている。芥川龍之介とガンダーラ美術の新知識の関係は未だ謎である。
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