三木合戦
1580年のこの日、羽柴秀吉に包囲された三木城が陥落し、城主別所長治が自刃する。2年前から、秀吉の包囲作戦に耐えてきた。摂津では有岡城の荒木村重は、反織田の動きを示したため、長期戦となった。昨秋、秀吉は城から500~600mのところに高さ約3mの築地をつくり、「三木の干殺し(みきのひごろし)」といわれる兵糧攻めを開始した。その間、秀吉の部将黒田官兵衛が説得に向かったが、村重に捕らえられ有岡城に幽閉された。1578年3月29日から1580年1月17日までを三木合戦という。
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