サラダが日本の一般家庭の食卓にあげられたのはいつ頃からか?
生野菜を主材料として、ドレッシングやマヨネーズなどであえた料理サラダsaladは現在の食卓に欠かせない一品となっているが、いつ頃からであろうか。1960年代、もちろんサラダは普及しているが、それはレストランや軽食にトースト、コーヒー、サラダと喫茶店やホテルで出るものであり、家庭の食卓をかざるものではなかった。新鮮なサラダを毎日食べるには冷蔵庫が必要である。そして鮮度が落ちない物流システムが確立される必要がある。
シャンソン歌手の芦野宏のヒット曲に「フルーツサラダの歌」(1960年)がある。この頃から徐々にサラダに対する関心が高まっていった。中谷宇吉郎の「サラダの謎」(初出「あまカラ」1960年1月5日)がある。
私はごく普通のフランス風のサラダが好きである。レタスとトマトと、酢とオリーブ油でドレスしただけの簡単なサラダのことである。洋食は、一般にいってあまり好かないが、このサラダだけは例外で、食卓に出ていると、つい先に手が出る。ものの好き嫌いなどというものは、たいてい子供の頃か、せいぜい20代までの生活環境できまるものらしい。私がこのサラダを好きになったのは、若い頃、もう30年も昔のことであるが、ロンドンに留学していた頃に、下宿で毎晩非常にうまいサラダを食わされたのが、今日まで後をひているようである。
中谷宇吉郎は1900年生まれであるが、サラダ好きの物理学者の一文をもって、日本人は戦後サラダをよく食べていたと即断してはいけない。むしろ中谷は少数派の日本人で、1900年前後の生まれの日本人はほとんどサラダは食べていなかったのではないだろうか。青空文庫で「サラダ」と検索しても、太宰治(1909年生まれ)の僅かの短編に「サラダ」の文字が見られるものの、きわめて稀にしか文学作品に現れることはない。書誌で調べると、
近代的サラダの作り方 附・ドレッシングの調合法 村松信太郎編 国際料理研究所出版部 1939年
サラダ 飯田深雪 雄鶏社 1957
おいしいサラダ縫え和種 榊叔子 婦人画報社 1958
などきわめて少ない。おそらく小津安二郎の映画作品に見られる食卓にはサラダをみることはないだろう。現在みられるように各家庭の食卓でサラダが普及するのは1970年代をまたねばならい。1973年のキューピーマヨネーズがCMで吉永小百合を起用し、サラダが健康と美容によいというイメージが広まっていった。
では世界のサラダの歴史をみると、古くはローマ時代にさかのぼることができる。ローマの初代皇帝アウグストゥスは病気にかかった際、レタスを食べて一命をとりとめた、という逸話が残っている。サラダの出現は中世イギリスとフランスにみえる。14世紀末にイギリスのリチャード2世の料理長がサラット(ラテン語のsal(塩)から)という名で製法をしるしているが、それによるとパセリ、セージ、ニンニク、タマネギ、ハッカ、ウイキョウなどを洗ってこまかにさき、生のアブラとまぜ酢と塩をかけて食卓に供した。この時代は、香料植物を主材料にしていたらしいが、16世紀には野菜、17世紀には魚やエビ、鶏肉、18世紀には果物を加えた。一説によると、サラダの名称は、フランスで16世紀のころに用いられた半球状の兜のことをサラードSaladeと呼んでいたが、サラダをあえたり盛ったりするサラダ・ボールの形がそれに似ているところからつけられたといわれている。
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とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
投稿: 履歴書の見本 | 2013年10月18日 (金) 10時51分
以下は日本国語大辞典からの用例引用です。漱石、鴎外の文章に既に見えます。
*東京新繁昌記〔1874~76〕〈服部誠一〉六・西洋料理店「是れ西洋料理の大ひに繁昌する所以也。〈略〉菜に撒拉托(サラダ)と曰ふ」
*緑簑談〔1888〕〈須藤南翠〉前・二〇「サラダに充(あつ)るが為め牛肉(ビーフ)ロースと亜米利加チサとを」
*草枕〔1906〕〈夏目漱石〉四「一体西洋の食物で色のいいものは一つもない。あればサラドと赤大根位なものだ」
*一握の砂〔1910〕〈石川啄木〉手套を脱ぐ時「新しきサラドの皿の 酢のかをり こころに沁みてかなしき夕」
*青年〔1910~11〕〈森鴎外〉一一「料理は小鳥の炙(あぶ)りものに萵苣(ちさ)のサラダが出てゐた」
*桐の花〔1913〕〈北原白秋〉初夏晩春・庭園の食卓「サラダとり白きソースをかけてましさみしき春の思ひ出のため」
投稿: 徳五郎とハツエ | 2023年4月11日 (火) 20時05分