中山道福島宿
万延元年(1860年)のこの日、孝明天皇は和宮の降嫁を勅許した。翌文久元年10月20日、和宮一行は京の桂宮邸を出立した。約530キロの道中、24泊25日かけて、11月15日江戸に到着した。だが東海道ではなく、なぜわざわざ険しい中山道を旅したのだろうか?通説では、当時の政情不安による治安の問題から、東海道よりも中山道のほうが警護しやすかったのだろう。変わった理由としては、東海道には婚姻に縁起の悪い地名が多かったとも伝えられている。中山道は日本橋から草津で東海道と合流するまで69宿を通る。中山道のほぼ真ん中あたりに福島宿がある。ここに東海道の箱根、荒居、中山道の碓氷と並ぶ日本4大関所の1つが設けられた。とくに「入り鉄砲に出女」の取り締まりが厳しく、通行するのに2時間はかかったといわれる。中山道はいくつもの険しい峠を越えて行く道ではあるが、大井川や浜名の渡し、桑名の渡しなど水による困難がないので女性の道中に好まれた。幕末の和宮の降嫁がこの中山道を利用したのはその例であろう。(10月18日)
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