相馬大作事件
文政5年(1822年)のこの日、下斗米秀之進が千住小塚原で刑に処せられる。南部藩士・下斗米秀之進を首謀者とする数人が、1821年5月、矢立峠の近くで、津軽藩主・津軽寧親が江戸から帰国するのを待ち受け、襲撃する計画を立てた。しかし、その謀がもれて失敗。逃れて江戸に潜伏したが、幕吏に捕らえられ、刑死した。秀之進の用いた別名からこの事件を相馬大作事件という。藤田東湖、山鹿素水、吉田松陰らに強い影響を与えた。(8月29日)
« 瀬戸内晴美「夏の終り」 | トップページ | 日中すれば昃き月盈つれば食く »


コメント