稲作はどこから来たのか?
今の「日本のお米」であるジャポニカ米の栽培は、中国大陸の長江の中・下流域で始まったとされている。稲作が日本へ伝来したのは、かつて中学校の歴史教科書で弥生時代の初め頃と教わった。しかし近年、菜畑遺跡、板付遺跡、砂沢遺跡などの発掘調査から稲作は、紀元前4世紀、縄文時代末期から始まっていたと考えられるようになっている。日本に稲作が伝来したルートは主に4つある。長江流域から黄河を越えて、朝鮮半島経由で北九州へ到達したという北方ルート説(A)。長江中・下流域から東シナ海を越えて北九州に伝わったとする東シナ海ルート説(B)。東南アジア、中国雲南から経由する南方ルート説(C)。台湾を経由し島伝いにきたとする説(D)
長江流域の良渚遺跡より直接日本に伝わったとする説も有力であるが、稲のDNA分析の結果からはAルートの伝来が有力と考えられている。Cルートはタイのバン・チアン遺跡が注目されるが、現段階では推測の域を出ず、今後の研究を待たねばならない。1つではなく複数のルートで伝来したのかもしれない。(( keyword;Ban Chieng )
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