草城忌
仰向けの口中に屠蘇たらさるる
病で正月も入院しているのだろうか。御節料理はないが、せめて屠蘇だけはと妻が用意してくれた。仰臥のまま草城の口へたらたらと屠蘇が流される。何とも空しい感慨が身にせまる。日野草城は明治34年、東京市下谷区山下町に生れる。戦前、新興俳句運動の中心として活躍するが、自由主義・モダニストぶりが災いし、ホトトギスを除籍される。戦災に遭い、また病に伏した。この句を詠んだ昭和31年1月29日、大阪府池田市で心臓衰弱で没した。享年54歳。戒名「克修院法誉草城居士」。代表句「高熱の鶴青空に漂へり」
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