小野篁
852年のこの日、小野篁の忌日。享年50歳。小野篁は病気を理由に遣唐使乗船を拒否したため隠岐に流された。彼の死から42年後、894年9月29日、菅原道真の建議によって遣唐使の廃止が決定した。遣唐使を派遣するには、唐の朝廷に対する朝貢品、使節・乗組員全員への支給物など膨大な費用を必要とする。しかし50年ほど前から疫病・凶作・飢饉が続いており、過重な財政に耐えられる状況ではなかった。また中瓘(ちゅうかん)より疲弊した唐の状況が伝えられた。遣唐使は停止されたが、民間の貿易、通交は以後も続いた。
小野篁は不羈な性格で「野狂」ともいわれ奇行が多い。また、なぜか閻魔王宮の役人ともいわれ、昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔庁につとめていたという奇怪な伝説がある。かかる伝説は、大江匡房の口述を筆録した「江談抄」や「今昔物語」「元亨釈書」等にもみえることより平安末期頃には、篁が閻魔庁における第二の冥官であったとする伝説がすでに語りつたえられていたことがうかがわれる。(12月22日)
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