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2020年12月13日 (日)

ロシア革命の悪役コルニーロフ将軍

 第一次世界大戦が始まるとロシアの専制政治はたちまちその弱点を露呈し、1917年3月には首都に暴動がおこり、それが各地にひろまり、労働者・兵士はソビエトを組織して革命を推進した。政府はこれを抑える力がなく、国会の自由主義者によって臨時政府が組織され、皇帝は退位し共和国が設立された(三月革命)。そしてボルシェヴィキの指導者レーニンが「四月テーゼ」を発表した。8月、ロシア帝国(臨時政府)の軍人ラ―ヴル・コルニーコフはボルシェヴィキを攻撃するため軍隊を首都ペトログラートに向かわせた。ところが9月になるとケレンスキー首相は怖気て不安となり、コルニーロフの部隊は戦意喪失の状態となる。コルニーロフは戦わずして逮捕され、クーデターは失敗する。この結果、ボルシェヴィキに対する国民の支持が増大され軍事力・政治力を蓄え十月革命が成功する。

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