嘆きの天使
明治40年作の田山花袋「蒲団」を再読する。はじめて読んだのは中学生頃だったろうか。令和の時代のいま老人が読んでもその新鮮さは変わらなかった。主人公は妻子ある文学者。そこへ田舎から弟子にしてほしいという若い女学生、芳子が現れる。男は芳子に恋心を抱くが、やがて芳子に男子学生との間に恋愛問題が起こり、故郷に帰ってしまう。男は淋しさに芳子の使っていた蒲団に未練の涙をぬらすのだった。話は簡単だが、芳子はいわゆる魔性の女であろう。ふと映画「嘆きの天使」を思い出す。花袋は生前この映画を観たのだろうか。調べると花袋の死後翌年にこの映画は日本で公開されている。ラート(エミール・ヤニングス)は、中年をすぎた堅物の独身教師。学校と下宿を往復する以外の世界を知らなかった。ある日、学生が落としたエロ写真から、補導上、キャバレーへ自ら乗り込む。
灯に身を焦がす 蛾のように
私は男を狂わす 根無し草
そこには学生たちの人気者の歌姫ローラ・ローラ(マルレーネ・デートリッヒ)がいた。そして、妖艶なローラの部屋へ案内されたラートは、すっかり彼女の魅力に心を奪われてしまった。翌日の夜も、ラートはキャバレーへ行き、その夜は下宿へも戻らなかった。翌日、学生たちはラートをひやかした。彼は学生たちをどなりつけたが、学生たちは騒ぎたて、授業をボイコットした。これがもとで学校を退学したラートはローラと結婚し、一座と旅回りに出た。だが、一座の経営は思わしくなく、たくわえを使い果たしたラートは、妻のヌード写真を酒場で売り歩くまでに落ちぶれた。座長キーぺルト(クルト・ゲロン)はラートを道化役にしたてることにした。商売に抜け目のない座長は、落ちぶれたラートが教鞭をとっていた高校のある町へ乗り込んだ。道化姿のラートの前には、自分が手塩にかけた学生たちが見物していた。しかも、舞台裏ではローラが若い男と接吻していた。これを知ったラートはローラにつかみかかったが、一座の者にたたきのめされた。絶望したラートは雪の降る町に逃げた。翌朝、高校の教室で道化姿のラートが死んでいた。
原作はハインリッヒ・マンの小説「ウンラート教授」。「ウンラート」とはダメ教授(汚物)という意味があるらしい。世紀末ドイツでは、デカダンスとファム・ファタール(宿命の女)が流行し、蟲惑的な魔性の美女が中年男を惑わす話が好まれた。
「嘆きの天使」は、1930年、ジョゼフ・フォン・スタンバーグで映画化されるや、デートリッヒの脚線美によって全世界に衝撃の嵐を呼んだ。しかし、この映画をナチスは退廃芸術という理由で上映禁止処分にした。キーぺルトを演じたユダヤ人俳優クルト・ゲロンもアウシュビッツの収容所で殺された。
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