王道ラブストーリーにみる純愛のかたち
日活「どじょっこの歌」(1961)は何度か見たが、浅丘ルリ子の代表作だと思う。戦災孤児の芹沢浩子(浅丘)は教会の付属の保育園で働いている。近所の病院の息子、吉見高行(高橋英樹)は大学へ行く途中に浩子が歌う「どじょっこふなっこ」を聞く。やがて2人は愛し合う。だが身分の違いで親に反対される。国会議事堂前のデモに参加した高行をテレビで見た浩子は、駆けつけて警察に留置される。やがてクリスマスの日に2人は再会するが、浩子には難病が襲ってくる。まるで韓国ドラマの純愛の原型ともいえる大時代のシロモノだが、ヒロインの圧倒的可憐さに驚嘆する。高橋とは4歳も年上ながら、浅丘は純愛ドラマのヒロインを完璧に演じている。これほど薄幸で可憐なヒロインは「哀愁」のマイラに比すべきものであろう。浅丘の魅力は明眸もさることながら、細身からでる声質の美しさもあげられる。この映画が結婚前の純潔をテーマとした純愛映画とするならば、「泪壷」(2008)は官能シーンはあるものの現代の男女の純愛といえる。音楽講師の朋代(小島可奈子)は父と2人で田舎で暮らしている。癌に冒された妹の愁子(佐藤藍子)を東京に見舞うが、ついに死ぬ。愁子の夫・雄介(いしだ壱成)は妹の遺言により、骨で壷をつくる。むかしから朋代は雄介が好きだったが、思いを告げられない。幾人の男とセックスを交わすが、みたされずに走る出す朋代だった。ようやく朋代と雄介が結ばれたとき、交通事故で朋代は不慮の死をとげる。恋愛や生きることに不器用な現代の男女をリリカルに描く。これも現代の純愛のかたちといえる。
王道ラブストリーを純愛のかたちでいくつかに分類することができる。「哀愁」や「君の名は」はすれちがいものの典型といえる。古今東西むかしから「椿姫」や「世界の中心で、愛をさけぶ」や「愛と死をみつめて」「ある愛の詩」など難病ものが紅涙をさそう。広瀬すず「四月は君の嘘」も洋画「ラストコンサート」をモチーフにしているみたいだ。戦時下ものは「カサブランカ」。パニックものは「タイタニック」。格差恋愛は「ローマの休日」「プリティ・ウーマン」。遠距離恋愛は「ハナミズキ」。不倫物は「逢びき」「昼顔」。SFファンタジーは「時をかける少女」。古い因習や純潔で苦しむ社会派青春劇は「草原の輝き」。出生の秘密は「冬のソナタ」「ごめん、愛してる」。韓国映画「ただ君だけ」(ソ・ジソブ、ハン・ヒョズ)はチャップリンの「街の灯」。
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数年前に話題になった「世界の中心で、愛をさけぶ」のテレビ版を、ケーブルテレビのリバイバルで観ました。第1話を観たら夢中になり、結局、最終話まで、一気に見てしまいました。
その後、インターネットでこのドラマの感想を読んでいると、そのほとんどが、「若い二人の純愛に涙が止まらなかった」というような書き込みで、ちょっと驚きました。
もちろん、二人の、幼くも美しい愛情は、このドラマの中心となるテーマであり、それには、私も胸を打たれました。(ドラマというよりも、正しくは小説なのでしょうが、ここでは、ドラマということで話を進めます。)
しかし、もしそれだけだったら、どうしてこのドラマで、現在の朔太郎の話が並行して語られているのでしょうか。私は、このドラマの主題は、大きく違うと考えています。(もちろん、主題というのは、観る人によって違ってもよいのです。あくまで、私の考えです。)
このドラマは、どこにでもいる厳しい父親を持つ美しい少女と、気のいい両親を持つ平凡な男の子という、ありがちな背景があります。しかしこれが、ドラマの恐ろしい伏線となっているのです。よくある家族構成が、実はドラマの後半で重要な意味を持つのです。
http://harrylime3rdman.blogspot.jp/2011/08/blog-post_09.html
投稿: ハリー・ライム | 2013年10月 5日 (土) 21時04分