竹林の七賢
魏・呉・蜀のうち北中国を統一したのは魏である。しかし魏の文帝が在位7年で死去したあと、後継の座についた明帝は、晩年、奢侈に溺れ失政が目立つようになった頃から、衰えはじめた。明帝には子供がなく、重臣間の闘争が激化し、249年に司馬氏一族が権力を握った。この時代に老荘思想の無為自然をモットーに、酒や詩を愛した文人たちを竹林の七賢と呼ばれる。阮籍、稽康、山濤、劉怜、阮咸、向秀、王戎の七人をいう。権力者に対する抵抗であった。もっともこの7人が実際にグループを組んで活動したわけではなく、7人を一括りにすることを好む後世の人が作り上げた架空のグループといわれている.アフターコロナの新しい生活様式は特別な思想的なものがあるのではなく、政治的なうさんくさい臭いがする。マスコミに便乗して「新しい生活様式」を連呼する無思想ぶりが哀しい。
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