奈良公園の鹿
奈良公園の鹿はこのところ、おなかの調子がすこぶる快腸のようだ。「黒豆」らも例えられる黑くて丸いふん。近年はその形がゆるかったのだが、また元の「黒豆」に戻ってきた。新型コロナウイルスの影響で観光客が減ったことが原因のようだ。奈良は南都七大寺を中心に発展した町であるが、平重衡の南都焼打ちや、明治維新の廃仏毀釈により、衰退した。やはり観光奈良のシンボルといえば奈良公園の鹿であろう。春日大社の祭神、武甕槌命が鹿島から勧請された際、鹿に乗じられたという故事により、春日大社の神鹿として保護されたばかりでなく春日大社を氏神と仰ぐ藤原氏の貴族たちは、この神鹿に会うことをこの上もない喜びとし、乗物から降りて鹿を拝したという記録も残している。特に江戸時代には犬狩りをしたり、神鹿を害したものは厳罰に処せられた。誤って鹿を殺した三作が石子詰にされたという伝説を残している。初夏のころは、鹿子斑点もあざやかで、鹿がもつとも美しい季節である。10月には鹿の角切りの行事が行なわれるので、観光客にとっては夏が奈良観光の最良のシーズンだといえる。
« マホメットなくしてカール大帝なし | トップページ | アイルランドの修道院 »
「日本史」カテゴリの記事
- 岡本大八事件(2025.03.26)
- 河越城の戦い(1546年)(2025.04.20)
- かえり船(2024.03.23)
- 鍋島騒動(2024.03.20)
- 勘解由使(2024.01.14)
コメント