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2020年2月18日 (火)

ポメラニア地方の変遷

   バルト海南岸地帯でポーランド、一部ドイツにかけての歴史的地名ポメラニア。ポメラニアはラテン語・英語で、ドイツ語ではポンメルン、ポーランド語ではポモージェという。スビッツ系に属する小犬ポメラニアンはこの地名にちなんでいる。ポモージェ地方は、ポモージェ・グダニスキェとポモージェ・サホドニュの東西二地域に分けられる。ウィスラ川に沿う東部のグダニスキュは、現在のグダニスキュ県の大部分とビドゴシュチ、コシャリン両県の一部、またオドラ(オーデル)川沿いの西部はシチュチン、コシャリン両県および東ドイツ領のロストック地方とノイブランデンブルク地方の東部を含む。大部分が湖沼の多い平野部で、この両地方は5世紀からスラブ人の一種族ポモジェ人(Pomorze)が住む。この地方は合併と分裂の歴史を繰り返し、10世紀には、神聖ローマ帝国、デンマーク、ドイツ騎士団、ポーランド王国、スウェーデンなど周辺諸国との間で争奪されてきた。14世紀初めにドイツ十字軍団の支配を受けてゲルマン化した。18世紀まではいくつかの侯国に分かれたが、1871年のドイツ統一により、ポメラニアはドイツ領となる。19世紀にはゲルマン化がいっそう強まった。第二次大戦のドイツ敗戦により、全域はソ連軍の占領下となる。冷戦時代、東部はポーランド、西部以西は東ドイツに統合されたが、大規模なソ連軍が駐屯していた。1990年代になるとソ連軍はこの地から引き上げた。

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