無料ブログはココログ

« 結婚行進曲 | トップページ | 犬も歩けば棒にあたる »

2019年8月 9日 (金)

佐久間艦長の遺書

   福井県若狭町にある佐久間記念交流会館には海軍軍人、佐久間勉大尉の日記や遺品が展示されている。明治43年4月15日、佐久間大尉を艦長とする第6号潜水艇は山口県新湊沖で事故が発生。遭難の翌朝、引き揚げられた第六潜水艇には、乗組の佐久間大尉以下14名全員すでに殉職していた。潜水母艦「豊橋」に安置された艦長のポケットに発見された一冊の手帳には、沈没の原因、処置、その他が細かく記され、これが佐久間艦長の遺書として、後世にまでながく伝えられることとなった。この遺書の全文が、当時の全国の新聞が掲載されたとき、海軍当局は、潜水艇乗組員の士気の喪失を心配したが、反対にかえって若人の士気を鼓舞し、その後、潜水艇勤務を熱望する者が多くなったといわれる。

 

 

 

« 結婚行進曲 | トップページ | 犬も歩けば棒にあたる »

日本史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 結婚行進曲 | トップページ | 犬も歩けば棒にあたる »

最近のトラックバック

2025年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31