新元号「令和」典拠考
本日、新元号「令和」が発表された。大化から数えて248番目の元号となる。菅長官は「令和は万葉集、梅の花の歌の序文から引用」と説明し、安倍首相は「元号に歴史上初めて国書を典拠とした」ことを声高に強調した。これは日本人の中国文化にたいする親近感や憧れが大きく変化したことを意味している。これまで元号は中国の漢籍を典拠とすることが通例であり、日本の古典(国書)が典拠の新元号を制定することは1400年の伝統を破ることであり、自ら国粋的、保守的姿勢を内外諸国に宣明するとともに、右傾化を表わす兆候と捉える見方が海外メディアで報道されている。「典拠が漢籍ではなく国書」とする意味とは何か。「令和」の典拠とされる箇所は「万葉集巻5」梅花の32首の序で、大伴旅人の作(大伴池主説あり)とされる。「初春令月、気淑風和」(あたかも初春のよき月、気は麗かにして風は穏やかだ、の意)。国民からも「典拠が中国古典ではなく、萬葉集なのがいい」という声がでている。なぜ新元号「令和」が歓迎ムードとなったのか。平成のときと違い天皇崩御でないこともあるが、平成が不況や大災害という記憶があるので、改元によりすべてをリセットし、大きく変わってほしいという期待感が世間とメディアにはあつたのではないだろうか。しかしこの慶事に水をさすようであるが、学問的な立場から由来を考察すると、「令和」にはもっと古く中国古典まで遡ることができる。新日本古典文学大系「萬葉集(一)」(岩波書店)の補注によれば、後漢・張衡の「帰田賦・文選巻十五)の一部を踏まえているとある。文選には「仲春令月、時和気清」とあり酷似している。奈良・平安期の貴族たちにとって、漢籍は基礎教養であり、とくに文選は必須であり、盗用というよりも本歌取りの類かもしれない。日本政府は「令和」の典拠はあくまで「萬葉集」であり、漢籍からの引用については言及せず、認めない姿勢を貫いている。また国内世論からも、国民が時代の区切りをつけている厳粛な時に余計な詮索をすべきでないとう意見もあるだろう。しかし「令和」の典拠をあいまいにして、美辞麗句で粉飾することは、学問的な立場からは否定したい。やはり「令和」の本来の出典は後漢の中国の詩であると考えるのが自然である。古代の日本は東アジアの漢字文化圏で生成されたものであるが、それを知らずに国書からの引用と誇示するのはまさに「井の中の蛙、大海を知らず」で滑稽である。「萬葉集」引用の部分は大和言葉ではなく、漢語的な表現で歌ったもので、国書といえるものではない。あの時代はまだ貴族たちは中国の漢文を使うのが普通であったから、これまでの元号と大差のないことである。「梅」を詠んだ歌も気になることがある。梅は中国から日本に渡来した当時としては珍しい外来種で日本の固有種ではない。さて肝心の新元号「令和」だが、漢字の詳しい中国人によれば、「令」という字は、「零」と音が同じなので、「令和」=「零和」、つまり平和ゼロ、平和な日はない、という縁起がよくない元号だという。発表時、国民の多くは戸惑いと違和感を抱いたムードだったが、しばらくすると歓喜にかわり、口をそろえて「おめでたい元号」と云い出し万歳三唱したところもある。R音は日本人にとって発音しにくく、アクセントもつけにくい。「れ」から始まる語彙が地名・人名に少ないのもそのためだろう。だがある調査によると、「令和」は国民の間に62%の高い好感をもって迎えられているという結果がだされている。だがなぜ万葉学専門家があえて中国の詩文から影響を受けている箇所をわざと選んだのか疑問が残る。新元号の考案者は万葉集研究で知られる中西進であるという報道が一部でなされている。当の本人はノーコメントながら、中西氏は万葉集における中国文学の影響を丹念に調べた学者でもある。真意はわかりかねるが、一つに確信犯説が考えられる。それはダビデ像をフィレンツェ市長が視察に来た時「鼻が高い」といわれ。プライドを傷つけられたミケランジェロは、鑿をとり、片方の手の中に握った大理石の粉末を散らすことで、作業している振りをした挿話である。そうして考えると、政府が希望する国書という国粋主義的価値観に違和感を抱いた考案者が反骨精神を秘して、日中韓の友好の願いを込めて中国文学の影響の濃い箇所を選び漢字二文字に託したのではないだろうか。そして改めて日本文化の基底には漢学と国学という両文化が混合して形成されたことを考えさせられる。
« チャールズ・ブロンソンと世界史 | トップページ | ダイソーのノートは何故「コンプリート」なのか? »
「ことば」カテゴリの記事
- 春は引っ越しのシーズンです(2025.03.07)
- 生成色(2025.02.17)
- けつのあなが小さい(2025.02.15)
- 裏急後重(りきゅうこうじゅう)(2025.02.05)
- 濡れ衣(2024.12.28)
コメント