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2019年4月 1日 (月)

雑誌「白樺」創刊

Photo_9     明治43年のこの日、雑誌「白樺」が創刊される。「白樺」の中心人物の一人が志賀直哉。

    明治40年、志賀直哉は24歳のとき、家の女中の一人と結婚する決意をしたが、父の志賀直温に反対される。結局、女中は家を追われて、事件はうやむやに終わったが、直哉と父との対立はどうしょうもないものになっていった。この出来事を書いたのが「大津順吉」である。直哉はそのために一層文学志望の決意を固くする。

 明治41年には、同級生の武者小路実篤・木下利玄・正親町公和(おおぎまちきんかず)らと4人で、回覧雑誌「望野」を作った。この年「或る朝」「網走まで」「速夫の妹」等を書いた。明治43年4月、直哉は、「望野」の仲間に有島武郎・有島生馬・里見弴・児島喜八郎・柳宗悦らを加えて、同人雑誌「白樺」を創刊した。「白樺」はそれから大正12年8月まで継続し(計160号)、その中から多くの作家を生んだ。同誌はその人道主義・個人主義・理想主義によって、大正期の文学・芸術・思想の運動の中心になり「白樺派」と近代文学史に位置づけされる。同人には、ほかに田中雨村・園池公致(そのいけきんゆき)・三浦直介・小泉鉄(こいずみまがね)・高村光太郎・長与善郎・日下諗(くさかしん)等がいる。白樺派の作家たちの共通点がある。ペンネームや雅号は使わず本名である。私小説が多い。ホイットマンやトルストイなどの影響を強く受けている。ロダンやセザンヌ・ゴッホ・ゴーギャンら新しい西洋美術を日本にいち早く紹介した。(4月1日)

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志賀直哉の大津順吉、白樺発足の時代・・

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