上杉謙信は女だった!?
英雄豪傑色を好む、という。しかし色を好まざる英雄もいた。上杉謙信である。謙信は越後を統一し、出羽から能登にいたる広大な領国を支配したが1578年3月9日、春日山城の厠で倒れ、13日、49歳で急死した。死因は脳溢血といわれる。ところが江戸初期の大名松平忠明が編纂した「当代記」によると、「謙信の死因は大虫だった」とある。この「大虫」というのは婦人病のことである。謙信女性説は小説家の八切止夫などの仮説が古くから根強く存在している。スペインの船乗りゴンザレスの書簡にも女性と思わせる記述がみられる。しかし何れも決定的な証拠とはなりえず妄想でしかない。景虎と景勝との間にポスト謙信の家督争いが激化し、御館の乱おこる。
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