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2019年1月26日 (土)

世界女優史サラ・ベルナール

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   サラ・ベルナール(1844-1923)。パリ大学の学生E・ベルナールを父に、ユダヤ系オランダ人のジョリ・V・アールを母として、1844年10月23日パリに生れた。国立音楽演劇学校を卒業したのち、1862年に18歳でコメディー・フランセーズでデビューしたが、翌年には同座を去った。その後、ジムナーズ座に出演中ベルギーの貴公子に愛されモリスを産んだ。男に捨てられたサラはモリスをかかえて劇場を転々としながら、1866年に第二国立劇場オデオン座に入り、もちまえの努力と天性の美声によってフランソア・コベ作「行人」で初めて成功を収めた(1869)。普仏戦争後、ビクトル・ユゴー作「リュイ・ブラス」で大成功を収め(1872)、コメディー・フランセーズの支配人E・ぺランの懇望で同座に復帰した。ラシーヌ作「フェードル」で名声を得、以後、演劇界に大女優として君臨する。1879年にはヨーロッパ、南北アメリカを巡演。1893年にはルネサンス座の座長、1897年には自分の名をつけた劇場の座長となった。1915年、足を切断したが、演劇への情熱は衰えをしらなかった。なお、1900年には当時の俳優たちが重視していなかった活動写真にいち早く出演している。映画という新ジャンルのエンターテイメントが全世界に広まる時代は、すぐそこに迫っていた。

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