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2018年11月 3日 (土)

メソポタミアにおける灌漑文明の形成

Sumerian  紀元前7000年頃から、北イラクの高地の南のふもとにあるジャルモ遺跡から最も初期の農耕遺蹟、定住的な村落がはじまったと考えられる。牛・羊が飼育され、穀物が栽培されていた。もっとも、はじめのころの農法は、もっぱら天水にたより肥料もほどこさないものだった。紀元前6000年期前半には、ティグリス川中流域におけるサマラ文化の下で灌漑農耕が始まった。イラク北部のハラフ期(前5000年ころ)に、はじめて灌漑をおこない、沼沢地を農地に変えて、バビロニア南部を開拓したのは、エリドゥ人である。この地方は、新石器時代末までは、定住は全くおこなわれなかった。次のウバイド期(前4000年ころ)になるとシュメール人が南メソポタミア地方のアル・ウバイド、ウル、ウルク、ラガシュ、ウカイルなどにウバイド文化を形成する。シュメール人の原住地は不明で、メソポタミア周辺のセム族の言語でもなく、中央アジアを原住地とするアーリア民族の言語でもないところから、インド原住民との関係があるのではないかといわれている。ともなくシュメール人は前4000年ごろに移住定着し、沼地を干拓し、原始農耕を営んでエリドゥ、ウル、ウルク、ラガシュなどの都市国家を建設し、楔形文字と青銅器農具の使用を発明して、古代オリエント文化の基礎を築いた。メソポタミアからパレスチナにおける農耕文明の発生地域を「肥沃な三日月地帯」と言う。

  ウルク期になると、人間の集住のあり方でも、村落をこえて都市というべきものが生まれ、かつての小さな祭祀場も、神殿というべきものに発達していった。そして都市神を奉ずる諸都市では、王権が生まれ、シュメール人の諸王朝が成立した。考古学編年としては、ウバイド期、ウルク期、ジュムデト・ナスル期、初期王朝時代へと続く。(Shumer,Sumerians) 世界史

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